Give me answer



 憎々しげにタバコの火を灰皿に押し付けた。
 「いいかげんにしてくれ」
 今日何度目かのその台詞を、煙と共に吐きだす。言葉は彼の自室の中を緩やかに漂った後、煙と共に消えた。後に残されたのはそれきり口を噤んだ大神と、手の中のショットグラス。テーブルの上には口の開いたジンのボトルと、うずたかく積み上げられた吸殻の山があり、その向こうの壁には、招かれざる『来訪者』が壁に背をもたれさせて立っていた。
 加山雄一。 
 その軽薄限りない顔と名前は、大神にとって特別な意味を持っている。

 親友。
 悪友。
 戦友。

 「答えろよ、大神」
 先ほどの大神の言葉を半ば無視して、加山が言う。さらにそれを無視した大神が、自分のグラスにジンを注いだ。





 きっかけは些細なものだった。いつものような仕事の後、いつものように二人で飲んでいたら、酒の肴がいつの間にやら昔話になっていた。
 二人で話す昔話というものは、非常に不思議なものだ。共通した事柄をどちらかが完全に忘れていたとしても、もう一方の話を聞いていく内に、完全に無だったはずの記憶の狭間に映像が生まれる。始めはおぼろげだった映像もしだいに色付き、明確になり、ついには完全に閉ざされていた記憶の扉が開かれる。共に忘れていた意外な事実がまるで昨日の出来事のように蘇ってくることさえ、珍しいことではない。
 いわゆる、同調連鎖。
 二人が飲んだその夜も、記憶の連鎖は繰り返された。共に笑った思い出などは言うまでも無く、共に泣き、悔しさに歯を食いしばったはずの出来事も、今思い出してみれば全てがセピアに色付いた『いい思い出』になっていた。 
 しかし、その夜の二人の連鎖は止まりを知らなかった。
 二人はその夜、『ある事』を思い出してしまったのだ。

 『──答えてくれよ、大神』
 『──何で今更・・・・・』
 『──誤魔化すつもりなら、それは許さない』
 『──・・・・・』
 『──本当に忘れているのなら・・・・・思い出してもらうぞ、大神』

 その夜の連鎖は加山のその言葉によって終点を向かえ、そしてその夜以来、加山は執拗に一つの質問を繰り返し、大神はそれを避けるようになった。それをきっかけにして、それまで何の問題も無かった二人のバランスは崩れはじめ・・・・・気が付けば、ついに今日という夜を向かえてしまったのだ。





 「・・・・・俺が馬鹿だった」
 大神はショットグラスを口に付け、天井を仰いだ。グラスの中身はジンで満たされていた。水同然に無色透明なその液体が舌の上で爆発する。鼻に付き抜ける強烈な風味に耐え、目を閉じて呑み下すと、ジンは大神の喉を焼きながら胃袋に落ちた。そして直ちにテーブルからボトルを取り上げると、空になったグラスを満たす。その動きは非常に機械的だった。
 「そんな風に言ってくれるな」壁に背を持たせて立っている加山がいつも通りの口調で言う。「それに、そんな風に飲むなよ。明日も仕事なんだろ?」
 その言葉にピクリと肩を反応させて、大神は加山を睨みつけた。
 「お前だって、そうだろうが」
 意識的に声に刺を持たせ、突き刺すように投げつけた。
 いつも通りに白いスーツを着こなしたその見なれた男は、いつもと同様に壁に背をもたれさせていた。大神がベッドに腰かけているので、本来ならば彼がそこに立っている必要は無い。しかし、彼は滅多に椅子の類を使おうとはしなかった。たとえそこが大神の部屋でなくとも、大神は彼が食事以外で椅子を利用しているところを見たことが無い。それは彼の任務──『隠密』という性格が彼をそうさせるのだろうか?
 ──分からない。
 どんなに時間を共有し、どんなに思い出を積み重ねても、大神にとっての加山はまだまだ『知らない男』なのかもしれない。あの夜以来、大神は加山の事をそう考えるようになっていた。それが彼自身が持つ最大の謎であり、同時に魅力である・・・・・とも。
 加山は一度グラスを口に持っていってから言った。
 「何故、そう嫌う?」
 「話すべきじゃなかった」
 「それにしては楽しそうだったじゃないか」
 加山はそう言って大神の視線をはね返し、再びグラスを口に近づけた。大神とは違い、舐めるようにして中身を減らしていく彼のグラスは一杯目のままだった。
 「飲んだな・・・・・あの時も」加山はそう呟いて、グラスの中のジンを揺らした。「あの夜と同じだ」
 そして、大神に視線を送る。遠くを見つめるような視線だった。大神はその目つきが気に入らなかった。見つめられていることに耐え切れず、舌打ちをして目をそらした。
 「思い出せよ、大神」
 「・・・・・」
 「俺は思い出すんだよ・・・・・あの夜以来、ジンを飲む度に」


 ある日突然、失われたバランス。
 だが本当にそうだったのだろうか?あの夜を境にして、大神はその事を疑問に思うようになった。俺達の『バランス』は、常に磐石だったのだろうか?それまでの彼は、自分達の関係を『積み上げられた石垣』として比喩する事が多かった。だが、あの夜以降の加山の言動を考えれば考えるほど、それが間違いだとしか思えなくなっていた。自分達の関係は磐石な礎などでは無かった。仮に磐石であったとするならば、初めからバランスなどと言う概念は存在しないだろう。自分達の関係とは、石垣などとは程遠い、脆く、危ういもの・・・・・一ミリのずれで存在を無くし、吐息にさえ身を震わせるモビール・・・・・俺達のバランスと言うのは、その程度のものだったのではないだろうか?
 俺は、触れてはいけないものに触れてしまったのかもしれない。
 あの夜以来、そんな不安が大神の心を締め付けていた。
 
 
 「・・・・・何故、そう嫌う?」
 加山が言う。これも、今日何度目の言葉となるのか。加山は既に数えきれないほど「何故?」を大神に浴びせていた。
 大神はその声に顔を上げた。話しを聞く気になったからではない。加山の声のトーンが変化したからだ。一段低くなったそのトーンは、明らかに疑問を尋ねるものの声ではなかった。いわば逆の立場に立つものの声──説き伏せるものの声に他ならなかった。
 「大神」加山が言う。繰り返す。「大神、何故答えない?」
 「・・・・・答えられないからだ」
 大神が言う。
 「大神・・・・・?」
 「嫌だって言ってるだろ!?」
 「大神・・・・・?」
 「やめてくれよ!」大神が叫んだ。「もう・・・・・そんなのはもう沢山なんだよ!ウンザリなんだ!」
 大神の口を突いて出たのは明らかな怒りだった。同時に足がテーブルを蹴り飛ばし、灰皿と吸殻が宙を舞い、ジンのボトルが床を転がった。しかしそれでも、大神の言葉は止まらなかった。
 「もうこれ以上、俺に押し付けるな!お前オカシイよ!毎日毎日、電話、電話、電話・・・・・!あの日からこっち、俺に届くのはお前からの伝言ばっかりだ!俺の状況もおかまいなしにさ!?そうして昼間が過ぎると、今度はこうやって俺の部屋にやって来る!そしてお前の口から出て来るのは、いつも同じ台詞じゃないか!もういいかげんにしてくれよ!もう・・・・もう・・・・・、頭が変になりそうなんだよ!」
 一息にそう叫ぶと、大神は床に転がっていたジンのボトルを拾い上げた。蹴り飛ばされて半分以上中身を減らしたその瓶を直接口にもっていくと、そのまま一気に天井を仰いだ。
 「おい、大神・・・・・!」
 ジンのアルコール度数は80度を超える。止めさせようとして加山が瓶を奪おうとしたが、大神は加山の手を振り払った。
 「うるさい・・・・・」
 低くうめく、獣のような声。
 「止せよ」
 「・・・・・うるさいって言ってるんだよっ!」
 言葉のままに付き飛ばされて、加山はジンが作った水たまりの上に尻もちをついた。上から見下ろしている大神がせせら笑うように顔をゆがませ、加山につばを吐きかける。もう一度吐きかけようとした時、大神の体は大きく傾いだ。加山が判断するまでも無く、それは間違いなくジンの所為だった。よろよろと後ずさりを始めた体をどうにかコントロールして、大神はベッドの上に身を投げた。
 「大神・・・・・」
 「出ていって、くれ・・・・・」
 絞りだすようなその声は、アルコールに霞んでいた。



 何分かが過ぎただろうか。
 「ひどいな、大神」ベッドに横たわる大神の傍らに腰を下ろし、加山は言った。「そうやって俺の気持ちから逃げるのか」
 「・・・・・」
 「俺はただ、俺の質問に答えて欲しかっただけなんだ」
 「ふざけるな・・・・・」
 シーツの中に顔を突っ込んだまま、大神がポツリとつぶやいた。先程とはうって変わって、加山の口調は穏やかだった。しかしそれでも、大神は加山の方へ顔を向けようとはしない。加山はスーツの懐から煙草を取り出すと、口にくわえて火を付けた。一服して煙を吐き出すと、独特の甘い香りが室内を包んだ。直輸入のガラム煙草だ。
 「最初は、お前が俺に言った事じゃないか」
 「・・・・・」
 「お前が俺に言ったことじゃないか、大神」
 「・・・・・」
 大神は依然として答えようとしないが、加山の言葉に間違いは無い。あの夜に事の引き金を引いたのは、たしかに大神だった。その時はこんな展開になることなど予想すらしていなかったのだが、今となってはもう遅い。
 ガラム煙草の煙に鼻をくすぐられているうちに、大神の酔いは更に増していった。加山の口から吐き出される言葉が、ぐるぐると耳元にまとわりついて離れない。まるで肩を抱かれているかのような錯覚に襲われて、大神は耐えるように目を閉じた。
 「──!!」
 だが、それも無駄な抵抗だった。加山は大神の肩を掴むと一気に体を反転させ、自分の体の下に組み伏せた。 
 「やめっ・・・・・・!」
 「言えよ、大神!?答えろよ!」
 ベッドの上で猛烈に抵抗する大神だったが、腕力は加山が上回った。しかも、既にアルコールによって思考と体の自由を奪われていた大神に、加山の暴力から逃れる術は無かった。何度も組み合った挙句にシャツのボタンが千切れ飛び、ジンに染まった大神の胸が露になる。それでも大神は抵抗を止めず、加山もまた、執拗に大神を拘束し続けた。
 「お前が悪いんだ!大神!お前があの時俺の質問に答えさえすれば、こんな事にならずに済んだんだからな!」
 「!?」
 加山の怒号が大神を打ちのめす。そしてついに加山が大神を馬乗りに組み伏せると、加山は自分の体の下にある大神に向かって言葉を投げつけた。
 「言えよ、大神」
 「・・・・・」
 「言えよ」
 「・・・・・」
 大神は答えなかった。黙って口を結び、顔を背けて加山の視線を避けている。しかし、加山に顎を掴まれると、無理矢理に視線を合わせられた。
 
 見上げる加山が、加山に見えない。
 それはアルコールの所為なのだろうか?
 
 「なら、もう一度だけ質問を繰り返させてもらうぞ。大神・・・・・」
 加山のその言葉に、大神はただ息を呑むばかりだった。















「大神・・・・・」














「ジンと何でケムール人だっけ?」











「知らねぇってんだろうが
 このヒマ人がぁ〜っ!!!!」



 ずがばきぃっ!!!


 ついに怒り心頭に達した大神の「必殺の左」が加山の体を窓ガラスごと外に放り出した。
 だが、それでその夜が終わったかどうかは、定かではない・・・・・

お・わ・れ

back

あとがき


・・・・・さーて、どんなもんなんでしょうねー;;;;;
まずは、リクエストを頂いた井上さんに一言。

ゴメンなさいm(_ _)m

『月花でコメディで、ジンが出てくるSS』というリクエストを頂いた時、もう、一瞬でこの設定が降りてきたんですよ。
「多少ベタか?」と思いつつも手は動き、いざ形になってみればこの通りのアリサマです。(笑)
いやしかし、あのCMソングを覚えている人ってどれくらいいるんだろう?それが一番心配かも。
森高はけっこう好きなんで、なんとなーく覚えてたんですよね。
因みに・・・・・
『コーラ+ジン=アメリカ人』『ジュース+ジン=フランス人』『紅茶+ジン=イギリス人』
という内容だったと思います。
え・・・・・?ケムール人ですか・・・・・?
・・・・・また来週!!<マテ

2004/03/07
fugueの小次郎