先に動いたのはアイリスだった。
 その動きは、この戦いを見守る全員の意識を引き付けた。コントロールルームで監視するかえでと薔薇組は、はじけ飛びそうな勢いで振り切れたメーターを制御することも忘れ、モニターの前で我を失った。地下で爆発的に広がった気の動きは、コクリコとカンナを誘い出してその恐怖の光景に釘付けにした。同様に誘い出されたさくらとすみれもまた、呆然と立ち尽くす二人の敵の背中を前にしてもなお、刀に手をかけることもせず、息を殺すようにして物陰に潜んでいた。
 そこで何が起っているのか──
 それを把握するためには、まず恐怖を受け入れなければならなかった。
 その恐怖を受け入れる用意のあるものは、誰一人としていなかった。
 
 
 吹き飛ばされたマリアは叩きつけられた床で激しくバウンドを繰り返した後、自ら転がって呼吸を整えた。だが一瞬の呼吸はマリアの平常心を取り戻すには足らず、まして銃をかざして照準を合わせる時間は無かった。背中に痛みが爆発した。また吹き飛ばされた。
 また吹き飛ばされた。今度は天井が自分の体を受け止めた。室内灯にめり込んだ体が落下しかけた時、もう一度、さらに大きく吹き飛ばされた。
 アイリスの攻撃は実に単純なものだった。それは念力でも、凶暴な光の矢でもなかった。平手で打ち払い、つま先で蹴り上げ、体重を乗せた体当たりを繰り返すという、極めて単純な肉弾戦だった。格闘技ですらない、仕草だけなら暴力と呼ぶことさえためらわれるような攻撃だった。
  「あはははは!」
 だがその攻撃に、マリアは翻弄され続けた。たしかに動きそのものは極めて稚拙ではあるが、帝劇最強の潜在能力の持ち主であるアイリスのこと、そのスピードとパワーは桁外れだった。何とか攻勢に転ずる機会を得ようとするマリアなのだが、繰り返される瞬間移動に翻弄され、むなしくも防戦を強いられていた。だが実際にマリアを翻弄しているのは、アイリスの霊力におけるスピードとパワーではなく、そのコントロールにあった。アイリスの靴のつま先は、恐ろしいほどの正確さでマリアの体を痛めつけていた。
 幾度となく吹き飛ばされつつも、マリアは視界の中にロベリアの姿を探そうとした。だが、それは徒労だった。ロベリアはアイリスの影に潜り込み、以来気配を感じさせることも無く、その姿を見せていない。霞む視界の遠くで、アイリスが楽しそうにステップを踏んでいるだけだ。
 ロベリアはいない。アイリスだけがここにいる。
 ──まさか。
 ロベリアが言っていた魔術という言葉の、そのトリックと実像がマリアの中で交差しかけた。
 「あはははは!」
 めぐりかけた思考の途中で、また吹き飛ばされた。ピンボールのフリッパーが金属の玉を高得点ゲートへと叩き込むように、アイリスのつま先がマリアの体を右に左にと弾き飛ばしていく。
 「あはははは!」
 アイリスの楽しげな声が、飛び散る瓦礫の音に紛れることなく通路にこだました。次の攻撃よりも先に、その笑い声がマリアの意識を平手で叩いた。転がる体を四肢が強引に押し止め、親指が撃鉄を起こし、指が引き金を引いた。
 「スネグーラチカ!」
 銃声が空間を切り裂いた。恐るべき火炎の尾を引く弾丸が寸分の誤差もなくアイリスに襲いかかったが、直前、弾丸は突如現れた巨大な炎によって命中を遮られた。その隙にアイリスは瞬間移動で距離を広げ、現れた先の空中で姿勢を作り、その場に留まった。
 ──やはり。
 マリアは確信した。エンフィールドの狙いは定めてある。半分無駄な行動であると思いつつも、マリアはこれが自分の習性であることをつくづくと感じ、呆れると同時に、震えたつほどの闘志が沸き立った。今のマリアを支えているのは、かつてクワッサリーと呼ばれた過去。手を血に染めながら戦場を生き抜いたあらゆる本能が、マリアに一つの答えを与えていた。
 「出てきなさい、ロベリア!」
 マリアは見えぬ敵に向かって高飛車に言い放った。だが、それに答える声は無かった。 
 「ロベリア!魔法の種はもう解けているわ!出てきなさい!」
 アイリスの周囲を黒い影が包んだ。その中からロベリアがゆらりと姿すと、不敵に笑った。即座に合わせられた二つの銃口に臆することなく、ロベリアは優雅と言える身のこなしでアイリスと共にマリアを見下ろした。
 「さすがだな」
 ロベリアもまた、高飛車に言い放った。
 「ではその推理を拝聴するとしようか」
 「あなたたちは霊力が三倍になった事に満足せず、その力を互いに分け与えあった・・・・・・簡単に言えばそういう事よね?」
 「そりゃ簡単に言いいすぎだな」
 「あなた達は結局、霊力が三倍になっただけでは不完全だったのよ。アイリスには圧倒的なパワーがあっても、それを制御するコントロールが無い。そしてあなたの場合、並外れた計算高さと狡猾さを持ち合わせても、スピードとパワーではアイリスにはかなわない・・・・・・無論、私にもね」
 「そう思うなら、アンタ世間を知らねぇな」
 『私にも』を強調したマリアの語勢に、ロベリアが眉を吊り上げた。マリアはそれを無視した。
 「だからあなた達は、お互いの能力を分けあったのよ。アイリスの見せた的確な空中移動と攻撃は、あなたの格闘センスの成せる業。そしてあなたが私の弾丸をチェーンで防いだのも、アイリスの超能力・・・・・・これで満足かしら?」
 「さすがマリア・・・・・・誉めてあげる♪」
 アイリスがまるで褒められたかのような笑みを見せると、炎を浮かべた。炎はアイリスの手のひらから生じ、ロベリアと同じ色をしていた。宙に浮いた火炎の塊は次々と生み出され、漂い、やがて一つの巨大な形を創った──燃え盛る体を持ち、炎の息を吐き出す怪物に。
 「どう?普段は可愛いジャンポールも、こうして見るとカッコいいでしょ♪」
 アイリスが怪物を見上げると、怪物は主に呼ばれた子犬のような従順さでアイリスの隣に位置を移し、マリアに向かって凶暴に威嚇した。
 「ビッグベアー・ジャンポール・イフリート、ってところか・・・・・・なかなかいいセンスだ。子供にしとくにゃ惜しい」
 「アイリス、子供じゃないもん!」
 「わかったわかった!マリアに勝ったら、大人の免許皆伝ってことにしてやる──」
 ロベリアの口が止まった。マリアが引金を引いていた。
 マリアの手の中に握られていたはずのエンフィールドは、いつの間にかその形を変えていた。今マリアが手にしているのは、エンフィールドの数倍の口径を持つショットガンだった。
 だが銃口が轟音と共に氷の飛沫を噴出した時、マリアが叫んだその声は、聞き間違いようも無く地下内全体に響き渡った。
 「パールクヴィチノイ!!」
 氷の弾丸に体を切り刻まれた炎の怪物は、のたうち苦しんだ挙句に凍りつき、砕け散った。それまで周囲を埋め尽くしていた熱気も一瞬で消えうせ、入れ替わるように冷気が満ちた。
 「・・・・・・確かに」
 冷気の中心で、マリアが静かに口を開いた。恐ろしく冷静な声に、ロベリアとアイリスはビクリと背中を震わせた。
 「あなた方が目指すものを手に入れるには確かにいいアイディアかもしれないけど、私から教えてあげることがあるとしたら、所詮寄せ集めは寄せ集めにしか過ぎないってことね」
 「何だと?」
 「足して二で割ってお互いが完全になったつもりでいるらしいけど、所詮はごまかしよ。手品として楽しんでおくのが関の山・・・・・・それだけのものよ」
 「気取ってんじゃねえ!燃やすぞ!」
 そう吠えたロベリアの息が、空中に真っ白く浮かんだ。周囲の冷気は、氷塊が溶けつくしても削がれることはなかった。それどころか、マリアが口を開く度により濃くなっていくようだった。いつしか冷気はアイリスの足を震わせ、床に霜を張らせるまでになっていた。
 「燃やす・・・・・・ですって?」
 マリアが頬を吊り上げて笑った。
 「この私を?」
 そう言って、さらに笑った。
 マリアの両手に霊力が満ち、ショットガンの銃身が眩く輝いた。真っ白になったシルエットが徐々に膨らみ、より大きく形を変えた。銃身は遥かに長く、数本が寄り集まる束になった。円柱状の巨大なフレームからは無限に連なる弾帯が伸び、グリップは操縦桿のようなものに変化した。
 ようやくシルエットの変化が止まったとき、ロベリアはその姿形に見覚えがあった。
 古くは、アメリカが先住民を追いやった当時の侵略兵器として。
 そして現在は、各花組が有する対地・対空の重火器兵器として。
 「消えうせろ!」
 マリアが抱えたガトリング砲が甲高い回転音を撒き散らしながら火を噴いた。
 
 
 【残り7人】
 


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マリア、ついに霊力開放!
 
100%の霊力が二人に襲い掛かる!
 
ラチェットの登場は諦めろ!<オイ;;;
 
待て、次回!