加山雄一という男



 【其の一】
 
 はい・・・・・・こちら帝国歌劇団支配人室。
 ええ。支配人の米田っつったら私の事ですが?
 え?はい、はい・・・・・・ちょっと待ってくださいよ。電話がちょっと・・・・・・遠い、かな、と。
 ああこれでOK。多少ましになった。いやすみませんねぇ。で、お宅どなた?

 ・・・・・・新聞社?

 ああ、ああ。次期公演の取材ですかい・・・・・・いや、こちらこそありがとうございますってなもんですよ。特別忙しい訳じゃないしね。いや、だからと言って暇ってわけでもないんだが。これでもね、ええ。イロイロと稼がせてもらってますよ。ははははは。
 しかし・・・・・・おかしいな、定期会見は済ませちまったし、その後も特別これといって変わった事は・・・・・・まぁ、脚本は団員にやらせたけどね。なに、書きたい奴がいたってだけの話ですが、これがまたまんざらでもなくいい話でしてね。聞きたい?
 胸に七つの傷を付けたハムスターが機械の体を手に入れるためにカード集めの旅に出るってのが大筋の内容でね。じつは三部作なのよ。これ。次回の公演には海外からゲストを呼ぶ予定でね、ええ。今がちょうどその交渉の最中ってとこですかね。ま、直接役者を選んだり交渉してるのは俺じゃないんだけどね。ウチの団員にはね、そういうのにうってつけの奴が一人いますから。普段は暗え顔してるくせに、こういうときには重宝しますよ。外交関係は全部そいつに任せっきりでしてね。餅は餅屋って言うじゃないですか。ははははは。
 それにつけても、もうちょっと愛想がよくならねえのかね、あの「鬼太郎」は。礼儀の正しいのに文句は無いが、まぁ、女の愛想は良すぎて悪くなるってこたぁないからねぇ。ははははは。ま、だとしても、相手方は悪い気はしないでしょ。タダの事務屋が話をするより、帝劇の女優が出向いた方が。ねぇ?
 ん?その相手?えーと、誰っていったっけ?ほら、こないだ上陸した米国の活動写真で鉄砲の弾をのけぞってよけてた・・・・・・そうそう、そのオードリー・へップナントカさん。
 ね、いいネタでしょ?書きたい?じゃあんた、俺の写真のっけてくれる?時間あるならタクシー飛ばしておいでよ。なに、領収書さえもらってくりゃこっちの経費で済ませてやるから・・・・・・

 ・・・・・・はあ、そうじゃない?違う?やっぱり?

 あんたも人が悪いねぇ。違うんなら早く言ってくれればいいのに。今の話、こないだの記者会見でも伏せてたんだよ。もののついでみたいにネタ掘り出したりしちゃダメじゃんか。帝劇記者クラブに入ってるんだろう?ルール違反じゃあんたも記事にしにくいだろうしねぇ。

 うん?また電話が遠いな・・・・ちょいとゴメンよ。

 はい、OKOK。すみませんねぇ何回も。で?なんだっけ?

 は・・・・・・?歌劇団じゃなくて、華撃団?

 なんだいそりゃ、新手の変身ヒーローかい?あー、そりゃお門違いってやつだなぁ。ウチはそういうのやってないんだよねぇ、悪いけど。いや、好きだよ俺は。ホラ、日曜の昼間に花やしきでやってるよなぁ。今人気の・・・・・・そう、「救急戦隊555」。そーそーそー。石原が主題歌歌ってるヤツ。知ってるねぇ、アンタも好きなクチかい?蒸気バイクが変身するのがまたスサマジイじゃねえか。リーダー格の赤いのがジェットコースターに乗って出てくるし。いや「乗車」してるんじゃねえよ、上に「のっかってる」んだよ。それでいてガーっと走ってきやがるんだから、ちょいとまね出来ねえよな。そういう件ならウチよりも花やしきに電話してごらん。あそこなら出張公演も引き受けるだろうよ。

 ・・・・・・石原?気象予報士だよ。

 ・・・・・・何だって?とぼけるのもいい加減にしろって?それになんだい、アンタ。さっきからなんで俺のことを「中将」って呼びやがる?俺は支配人だぜ、記者さんよ。中将なんて大それたお方じゃねえんだよ。シ・ハ・イ・ニ・ン。
 は?なんじゃそりゃ?・・・・・・よくわかんねえけどまあいいか。暇だし。いや、それなりには忙しいけど。
 えーと、まず壁に額が飾ってあって、武者鎧があって・・・・・・あぁ、さっき呑み散らかした時の焼き鳥の串と一升瓶が・・・・・・いいじゃねえかよちょっとくらい呑んだって。仕事の差し支えになるじゃ訳し。・・・・・・おいおい見そこなってもらっちゃ困るよ。戦前戦後の物資不足の時代にはエチルを流し込んで鍛えたこの俺だぜ?一升二升のアルコールで出来上っちまうほど、帝国歌劇場の支配人様は落ちぶれちゃいないのさ。かえってそのお陰で気分よく仕事が出来るってもんだよ。「咲けなくて(酒無くて)何故に己が桜かな」ってなぁ。芭蕉もいい句を詠ったもんだよ。いやまったくははははは。

 ・・・・・・ん?後部じゃなくて?「光」に「武」?光武?

 ははぁ、あんた・・・・・・ふんふん、ふーん・・・・・・

 まぁいいや。けっこうなところまでバレちまってるんだな。まったく、諜報部はなにをやってるんだか。

 しかしあんた、どうやってここが華撃団花組の本部だってわかったんだ?

 ほぉ・・・・・・ははは。あの冬の日の、ははは。まぁそうだわなははははは。

 いや失礼。言われてみればそうだわな。直接狙われた挙句、あんだけど派手な防壁まで張り巡らしちまったんだから。なにかあるとは思うだろうし・・・・・・

 ・・・・・・翔鯨丸?

 いや、ははは。そりゃそうだ。出動する度に浅草一帯をひっくり返してたんじゃ、隠しようがねえやなははははは。・・・・・・もちろん苦情はあるよ。でもあの界隈に住んでいる奴等にゃ都民税が免除されてるはずだから、出ていこうっていう人間もそう多くないのが実情さ。

 ミカサ?あー・・・・・・まぁ、あれはなー。

 うん、うん・・・・・・まぁ・・・・・・しょうがないわな。これも。初出動で墜落して、記念公園になった後は帝都の発電所に・・・・・・まぁ、なっちまってるんだから。別に空から振ってきた訳じゃ無し、大戦での活躍は周知の事実だしな。

 うん、うわー・・・・・・それもお見通しってわけかい。まいったなー。

 いや、俺は反対したんだぜ。いくら独立した資金源と隠れ蓑になるっていったって、そりゃやりすぎだろうってな。アンタもそう思うだろ?だって劇団のスタアが勢揃いで前線に突入していくんだ。そりゃ目立つわな。スタアだし。さらに悪い事にゃアレだ、そろいもそろって派手好みときてやがる。一番ひでえのが紫色のアイツよアイツ。信じられるか?なーにが胡蝶の舞だフザけやがって。その度に周囲一帯巻き添えにしやがってよ。今までに蒸気自動車何台ぶっこわしたか知ってるか?通算58台。信じらんねーだろ?実際声に出してみなよ58台、58台、58台・・・・・・ああもう気が滅入って来た。無論こっちが弁償せにゃならん。アレさえなえりゃ今よりもちっとは目立たねえんだろうがな。ああもう考えるだけでダリイったらありゃしねえ。


 
 【其の二】
 
 で、だ。

 アンタ、この米田一基陸軍中将様に何の用だってんだい?

 ほほう、正体がはっきりしたところでその話題か。ふん。まあいいや。霊力っていう言葉は、別にここだけの話じゃないからな。ほら、「イタコの口寄せ」ってのがあるだろう?あれもそうだ。出来ることが違うってだけで、根源となる力はいっしょなのさ。
 霊力ってのは・・・・・・いわゆる「超能力」っていうヤツも、大きな意味ではそうなんだが・・・・・・人間が本来持っていた力なんだ。細かな自然現象を予知したり、言葉を交わさずに意思の疎通を図ったり、身体能力以上の力を発揮したり・・・・・・まぁ、いろいろだ。文明が進化するにつれ、その感覚は人体の中で淘汰されちまったがな。人が人になる以前からの能力・・・・・・最も根源にある潜在能力と言っていいだろう。
 だが、その力は完全に失われちまった訳じゃないんだ。今でも殆どの人間が、自分の霊力の存在に気づかないまますごしている。その恩恵を少なからず受けながらも、な。用は気づいているかいないかってことだ。まぁ、よっぽど大きな霊力の持ち主じゃないと、気付くもんでもないけどな。それに第一、ある程度の力の持ち主じゃないと使い物にはならんのだ。
 だから、見つけるのにはとんでもなく骨が折れる。普通はな。どこぞの博士がつくりだした「携帯型霊力測定機」なんていうものもあるが、デパートのレジ打ちじゃあるまいし、一人一人にそんなもん使ってらんねえしな。

 じゃ、どうするかって?うん、まぁそう焦るな。しかし・・・・・・電話が遠くて仕方ねえ。おたくは大丈夫?ふん。そうかい。

 人間の持つ霊力にはそれぞれに違う特徴があって、その特徴は、自然と行動に現れるものなのさ。たとえ無意識的にでもその霊力を利用し、その特徴に従う事になる。するってえとそいつは、おのずと一芸に秀でた人間に仕上がるんだ。たとえば足の早い奴。力の強い奴。剣術の得意な奴。芸術の優れた奴。エトセトラ。だから、ある業界のトップクラスの人間や、変わりダネを探していけば、見当はつけやすくなるって仕掛けなのさ。
 あと、霊力ってのは遺伝する。だから、血統を受け継いでさえいれば、その一族の中に適当な人材を見つけ出すことも可能だ。これは本当に稀なケースだが、この例に当てはまる奴がウチの隊員に一人だけいる。一説には、霊力を持つ人間同士がそもそも同じ一族だったという話もある。推論の域を出ていないが、俺としては、肯けない話ではないと思っているよ。その証拠に、霊力を持つ人間には、他人の霊力が分かる。特徴を見抜けるとかそういうんじゃなんだ。ピンとくる。「感じる」んだよ。

 で、だ。

 いろんな苦労がありまして、そういう人間が見つかったと仮定しよう。で、そいつがすぐに使い物になるかってえと、実はそうでもない。きちんと力をコントロールする技術を身に付けさせないとダメだ。そうしないと、力そのものがトラブルの元になっちまう。実例としてはそうだな・・・・・・何年か前に、浅草の活動写真館が何の前触れもなく爆発したろう?事故だテロだって騒ぎになって・・・・・・へぇ、あの記事はあんたが書いていたのかい?まあいいや。あれはウチの小せえヤツがやらかしたイタズラだ。・・・・・・うるっせーな、時効だよ時効。とにかく、コントロールが出来てないと、往々にしてそういうことになりやすい。だから、俺達は霊力を持つ人間を見つけ出した後、その人材をある研究機関と連携した訓練施設に送る事にしている。まぁ、いかにもソレっぽいところに送られる場合もあるが、実は帝劇もその施設の一つって訳だ。

 で、どうするんだい?このまま花組全員の入隊経緯でも話せばいいのかい?

 そうだそうだ、どうせならアレだ、「撃!帝国華撃団大百科」みたいなのを出してくれよ。なーに書く事項なんかいっぱいあるさ、それこそ百や二百じゃききやしねえ。光武の公式データとか・・・・・・最大出力とかなんとか、まあイロイロさ・・・・・・んで、ガキンチョや一部のミリタリマニアの心をガッチリ掴んだところで、ウチがついに華撃団としての公演をやるわけだ。そう、「歌劇団」が「華撃団」を演じるんだよ。そしたら人気倍増だぜはははは。ラジオドラマのシナリオになるし、CMにもひっぱりだこ。少年雑誌の表紙はもちろん、付録にもなるぜ。「飛び出す!紙風船型翔鯨丸!」とかなんとかってな。
 あー、あとアレだ、同人誌の独立ジャンルになるぜ。絶対。メカ系シリアス系ギャグ系、男性向け女性向け、純愛系鬼畜系、作ったそばから壁サークルになること間違い無し!メディアの内から外から、俺たちは超有名人になるわけだ。んで、版権やらなにやらで帝劇にゃ金がガッサリ・・・・・・

 あぁん?また電話が遠いな。よっこら・・・・・・しょ!と!

 どうだ?OK?ふん、じゃぁこっちの電話の具合が悪いってわけだな。すんませんねぇ。実はこれ、ウチの隊員が開発した無線電話なんだよ。受話器の部分だけ持って歩けるんだ。親機から50M位はなれてても使えるし、俺みたいな「ナガラ仕事」の人間にゃ都合のいい道具なんだがな。・・・・・・実用新案?んなもん取れるわきゃねえだろ。いや、普通に考えたらスゴイよ。確かにな。だがな、親機の寸法は事務机並の大きさだし、親機が出す強力な電磁波のお陰で周囲100m以内に存在する機械全部に障害が出ちまう。しかも電話をかけるには、その親機からじゃないとかけられねえ・・・・・・ときた日にゃあんた、どうにも使いようがねえのさ。な?笑っちゃうよなははははは。

 で、何の話だったっけ?あーすまんすまん。同人誌ね(笑)

 ・・・・・・は?

 え?えー?マジで?もう既にそうなっちゃってるの?だって版権とかイロイロあるんじゃ・・・・・・何?同人に限り無視出来る?ホントかよそれ冗談じゃねーぞ。金が一銭も入ってこねえってのかよ。いや・・・・・・いいよ別に。もう。大神総受けだろうがなんだろうが、金が入ってこねーんならこちとらにゃ関係のねーこった。しっかしマジかよ・・・・・・ウチの隊員にもやらせてみた方がいいかな、こりゃ。

 ・・・・・・月組?花組じゃなくて、月組の事が聞きたいって?

 そりゃ無理ってもんだよアンタ。だって考えてもみな、月組ってのは、俺ら花撃団が抱える組織の中でも最も秘密裏にされている部署だ。その中のことは、俺にだって知らされないような事だってあるんだよ・・・・いや、なんでって言われてもねぇ。おおかた、動く側だけが知っていれば良い事項ってのがあるんだろう。「運転手は君だ社長は僕だ」じゃないけれど、まぁ、そこまでいかないとしても似たようなもんなんだよ。俺たちの関係ってのは。だから殆ど・・・・・・っていうか、あんた何で月組の事知ってるの?

 あーっとそうだ、薔薇組ってのならいるぞ?聞きたくないか?薔薇組。いや、名前で先入観を持っちゃいけねえよ。まぁ、その通りなんだけどさ。これがこれで結構なモノを持ってるんだよ。うん。・・・・・・バカ!役に立つって意味だよバカ!まずリーダー格の清流院琴音だろ。こいつが細身の長身、長髪で、それこそオンドレ様と見粉うばかりの「男装の麗人」って感じなんだが、これがやっぱり男でよ・・・・・・だから聞けってば!こっちの方が面白いから!な?な?

 ・・・・・・ダメ?やっぱり?

 ・・・・・・加山雄一?

 ・・・・・・ふん。隠密部隊隊長の、パーソナルエピソードねぇ。まぁ、顔写真が載るわけじゃなし、昔話程度でいいなら喋ってやらないこともないんだが・・・・・・しかし、何でまた月組なんだい?花組の方が派手だし、読み手も多いだろうが?・・・・・・ははははは。そうかいそうかい。やっぱり変わりダネは気になるかい。それとも、日陰にゃ何かが隠されてるとでも思ってるのかい?ま、無理もねえか。それが世の常だもんな。
 ただ、覚悟したほうがいいぜ?だって考えてもみな。あんたは帝国軍の最高機密を聞くことになるんだ。後で何があっても、俺は知らねえからな。そこはよーく覚えておくこった。

 じゃぁ、本人よりも詳しく知る者の立場から、言わせてもらおうじゃねえか。

 加山雄一っていう人間についてよ・・・・・・



 【其の三】
 

 親父は医者だったらしい。家柄も格式のあるところで、それどころか、世が世なら様付けで呼ばなきゃならん程の畏れおおい旧家でな。家系を辿っていくと、どうやら華族らしいんだが・・・・・・そこの次男坊が、あの男だ。
 で、何でその家からはみ出しちまったかっていうと、どうやら妾の子だったらしいんだよな。それであまり良い目を見なかった。いい学校には行かせてもらったらしいが、とうぜんここでもその影響からは逃れられない。通っていくのも帰ってくるのも辛いような、そんな有様だったらしいな。
 だがそれでも奴は、家督の長男にゃ負けなかった。それ以外にも、勝負と名の付く勝負事にゃ負けた事がねえってんだから、驚きじゃねえか。多分、負い目からの負けん気ってやつだろうな。だから奴は誰よりも目立ったし、人望もあった。
 だが学校を出る年になって、奴は家を出ちまった。他の兄弟が七光に物を言わせて弁護士や官僚っていう派手な将来を約束されていく中、奴だけは何の後押しも貰えなかっんだろうが、今までの印象がよかったもんで、良い口聞きをしてくれる人間も少なくなかったはずなんだ。しかし奴は家を出ている。理由は判らずじまいだ。
 で、その所為なのかは知らんが、それからの奴には記録がない。多分、本土を離れていたんだろう・・・・いや、どこの国かは知らん。案外沖縄あたりに居たのかも知れんな。やたらと海が好きだし。年齢から考えると到底そんな事は出来そうもないんだが、貨物船にでも乗りこんだのか・・・・まあ、その頃の奴を知る者がいない以上、そう推測するしかあるまい。
 とにかく、俺が見つけた時の奴は渡世人さ。賭博打ちになっていやがった。もともと強かった勝負感が、ここでいよいよ開花したって訳さ。奴は負けなかった。そりゃそうだ。奴の勝負感ってのは霊力だったんだからな。賭け将棋、サイの目、花札・・・・・・とにかく負けなかった。しかもただ負けねえ訳じゃねえ。胴元が泣いて誤るまで勝ちまくるってんだから、まったく凄まじい話さ。その上、奴は宵越しの金を持たねえ。胴元を泣かすだけ泣かせといて、その目の前でパーっと使っちまう。だから、普段の金は持たねえくせに商人連中からも人気があった。飯屋に入ればタダ飯が、酒屋に入ればタダ酒が呑めた。そりゃそうだ。奴が賭博に勝ちさえすれば一気に取り返せる仕掛けになってるんだから、そんなもん、店の損の内に入らねえんだろうよ。で、その切符のよさが買われてか、巷の遊女たちにゃぁ、そりゃもうお前、特別人気があったらしい。今日はあっちの遊郭、今日はこっちの連れ込みってな具合で・・・・・・もう、とにかく派手だったらしい。そんなこんなで付いたあだ名が「遊び人のユウさん」だ。

 だが、その遊び人のユウさんも一度だけ負けた。その相手が、俺だ。

 言った通り、その時の俺は華撃団の立ち上げの為、いろんなところに出向いちゃぁ、いろんな人間と会っていた。まぁ、奴の場合はとことんの遊び人だったから、探すのにさほどの苦労はしなかったがね。ん?・・・・・・まぁいいじゃねえかその辺は。なんつーかその、同類の感ってやつ?別に俺だって生まれたときから軍人やってる訳じゃねえんだからよ。むひひひひ。
 で、奴は飯屋を何軒か回っているうちに見つかった。一目見た瞬間にわかったよ。スラっとした長身に着流し姿。髪を後ろになでつけている。絵に描いたような二枚目さ。遊び人の噂にたがわず、その時も遊女を一人つれていやがった。その時の年齢はまだ二十歳も超えてないはずだったが、気配がそれを感じさせない。明らかに年齢以上の経験を積んできている証拠だった。そしてそれ以上に、霊力が凄まじい。まるで背中に後光が射しているようでな・・・・・・確かにただ者じゃねえよ、アイツは。
 目と目が合った瞬間に、奴も俺の事を見抜いたんだろうな。制服姿だった俺に向かって、不敵にニタっと笑いやがった。遊女をそのまま店に置き、あいつは何も言わずに俺について店を出たよ。そして殆ど言葉のないままに、俺との勝負が始まった。俺は、二本下げていた軍刀をうちの一本を、奴に向かって放ってやった。

 どんな勝負だったかって?あわてなさんな、教えてやるよ。

 その前にゃやっぱり喉を潤す物が必要だなへへへへへ。

・・・・・・ぐびっと。

 単純さ。チャンバラだ。もちろん真剣。切られりゃ死ぬだけよ。

 奴は下段に構えてた。素人っぽいが、それでもなかなか堂に入った様だったよ。構えなしで立つ俺の周りを、じりっ、じりっと回り始めた。
 あん?場所?場所は夜の吉原さ。事が事だけに、見物人がワンサと集まってきた。憲兵を呼ぼうなんて奴はいやしねえ。やんやヤンヤの大騒ぎで俺たちの成り行きを見てやがる。中には、俺たちの賭けの成り行きを、さらに賭けにしていやがる輩までいやがった。そりゃもうスゲエ大騒ぎよ。
 「かかって来いよ、ジイさん!」
 そう言いながら奴は踏み込んできた。俺は居合い抜きの要領で、襲ってくる刃を真横に払い飛ばした。それで俺の技量を見抜いたんだろう。奴の顔つきが変わった。十分に間を取り、互いを正面に見据えて構えなおした。普通なら、こういう「睨み合い」になると、とたんに動けなくなっちまう。互いの構えが完璧な分、先に動いた方が狙われるんだからな。だが俺もあいつも、そんな性格を持ち合わせちゃいなかった。殆ど同時に踏み込んで、夜の吉原に花火が舞ったよ。チョンチョンチョーンと切り結んだ後、つば競り合いの力比べが始まった。・・・・・・おいおい、バカにしてもらっちゃ困るね。俺を誰だと思ってるよ。ええ?奴の脛を蹴り上げた後、すかさず水月に膝さ。何?卑怯?・・・・・・ふん。チャンバラってのはな、剣術だけに物を言わせてたんじゃぁ勝てないものなんだよ。ふはははは。
 でも奴は慌てなかった。チャンバラの経験は無くても、いろんな勝負の経験から「相手の使う意外な手口」っていうのに慣れてたんだろうな。自分から地面を転がって距離を取りやがった。そして振り向きざまに袈裟がけの一太刀よ。そいつを下段に払うと、奴は勢いそのままに翻してきた。感心したねぇ。いわゆる「ツバメ返し」さ。俺はのけ反ってやり過ごした。
 だがここからが凄かった。とっさの行動だとしたら、奴は間違い無く天才だよ。ツバメ返しのその後に、なんともう一太刀が翻ってきやがった。これには俺も驚いた。初めてお目にかかる「三枚ツバメ返し」さ。あれには息が止まったね。よっぽど手首が強くなけりゃ、到底出来ねえ芸当だ。佐々木小次郎も真っ青だよ。しかも俺がのけ反ったところへの一撃だったから、これ以上の動きがとれねえときてやがる。イチかバチか、爪先だけでとんぼを切ったよ。後になって気付いたが、制服の背中が切られてた。一寸、いや1cmでも踏み込まれてたら、マジでやばかったかもしれねえ。
 勝負は再び振りだしに戻っての睨み合い。野次馬どもは益々の大騒ぎ。いやもうスゲえのなんの。

 そこで俺は必殺技を使うことにした。まぁ、このまま続けても負けるこたぁ無いんだが・・・・・・やかましいやい、コンチキショウ。俺はな、柳生心眼流なら師範の腕を持つ男だぞ。嘘なもんかよ、素直に信じとけっての。

 とにかくこのまま切り合ってたんじゃ、いつかは奴を殺しかねない。俺は大きく振りかぶった。当然奴はそれに備えた。まっすぐ降り下ろした俺の太刀筋が、容易に予測出来ただろうぜ。だが結果は違った。・・・・・・フェイント?ふん。まぁ、それも悪いアイディアじゃないんだが・・・・・・実際はそうじゃない。そういうのとは全然。違う。
 上から来るとばっかり思ってた軍刀が、なんと下から昇ってきた。慌てた奴は叩き落としにかかったが、一瞬後に来るはずの太刀がいつまでたっても来やしねえ。見失った目標を求めて頭を左右に振ると、なんと袈裟がけの大振りが真後ろに迫っているじゃねえか。上半身を捻ると同時に深く沈めてその太刀筋をやり過ごし、奴はガラ空きになった俺の脇腹めがけて、まっすぐに両手を突きだした。体は殆ど地面に水平。距離ゼロしかも角度ゼロ。まさに紙一重の一撃・・・・・・の、つもりだったんだろうぜ。
 だが実際は何も起こっちゃいやしねえ。奴はそう動いたつもりになっていただけで、実際にはピクとも動いちゃいなかった。上段に構えた俺の前で、奴は石みてえに固まってたよ。野次馬の一人が叫んだが、もう遅かった。そん時にゃもう、俺の軍刀は奴の首の薄皮に触っていた。それで終わりさ。何十人がポカンと見守る中、奴は負けを認めて軍刀を捨てた。訳がわからなかったろうが・・・・・・な。

 幻覚だよ。仕掛けは簡単。霊力さ。

 互いを賭けた勝負の後は、それほどの話も必要無かった。「勝負は勝負。負けは負け」ってな。この怪しげな術を使うジジィに、奴は潔く命を預けてくれたよ。そこで俺は「遊び人のユウさん」だった奴を一市民「加山雄一」に仕立てあげ、帝国軍の士官学校に入れてやった。一応俺の推薦だって事にはしておいたが、霊力の持ち主だとか何とかっていう件は一切伏せたままでな。その結果は次席で卒業。つくづくあっぱれな男だよ。それを待って、俺が月組の隊長にひっぱり上げた。

 そうさ。俺が名付け親だ。「遊び人のユウさん」をもじって、映画俳優みてえに、ちょいと派手目な名前をくれてやった。何故って?隠密に本名はいらねえだろう?それに、あいつにはいろんな意味で生まれ変わってもらう必要もあったしな。まあ、既に奴はプライベートでも加山としての人生を始めているし、それ以外の事を考えてもいねえよ。

 どっかの漫画みてえな話だから、信じらんねえだろうけどな。これが奴に関する事実だ。

 

 【其の四】
 
 おーっと、こいつはうっかりだ。ずいぶん長く話しちまった。・・・・・・足りない?いや、頃合ってのを考えなよ。これ以上欲張ったら贅沢ってもんだろうが。それにこれ以上は益々機密事項だしな。
  それに・・・・・・だ。

 こっちにはもう時間がないんだよ。言っただろう?劇場の支配人てのもそれなりに忙しいんだよ。写真屋とブロマイド撮影の打ち合わせとか、印刷所から上がってきたパンフの青刷りに目を通したりとか、そういう地味な仕事が「てんこ盛り状態」なんだわ。
 あん?声が若いって?今更おべっか使うのかい?イヤだねぇ。今更そんなこと言ってももう遅いんだってのバーカ。・・・・・・じゃかあしいやい!コンチクショウ!俺がバカならてめえもバカだろうが!バカに向かってバカって言うほうがバカなんだぞバーカバーカバーカ!
 おぉ、おぉ。上等じゃねえか。やれるもんならやってみろってんだ。ゴシップなんぞに打ちのめされる程帝劇はヤワじゃねえんだよ。それにそっちがその気だってんなら、お前さん、帝劇記者クラブから外してやろうか?ああん?そうすりゃお前んトコの新聞は、本当にゴシップ以外に何にも書けなくなっちまうしな!けっ!
 いいな!切るからな!切るからな!・・・・・・ったくしつこいんだよこのタコタコタコ!二度と電話してくるんじゃねえ!切るぞ!

 

 

さて・・・さて。と。 

 

 

 あー、月組詰め所?俺だ。
 今までの電話、逆探出来たか?・・・・・・何、もう行かせてある?ふん、手回しが良いのはけっこうだが、あんまり手荒にやるなよ。しつこい新聞記者をおっぱらうだけなんだから。それに噂が立ったんじゃ意味が無いしな。まぁ、適当に・・・・・・効果が見込める程でいいぞ。いつも通り「記事にならない程度の事故」って事で。あちらさんが会話を録音してるようだったら、忘れずにそれもかっぱらってこいよ?いいな?
 ところでその逆探知装置だが、もう少し短時間で結果が出せないのか?・・・・・・まったく、必死で時間を稼いでいる俺の苦労も考えてくれよ。いくら俺だってそうそう都合の良いウソが見つかるわけじゃないんだぞ?回線が重複するから電話も遠くなっちまうし・・・・・・お前な、説得力のある嘘を捻出するのがどれだけ大変な作業か知ってるのか?ふん、なら次に電話が掛かってきたら絶対にお前にやらせてやるから、覚悟しとけよ?

 あーっと、それからな・・・・・・

 会計部に言って、帝劇に一升瓶届けさせといてくれ。そう、いつも米田のおっさんが呑んでるヤツ。うん、俺の名前で伝票出していいから。・・・・・・そんなにやいのやいの言うな。つい呑みたくなっちまったんだよ。あの人常に机に置きっぱなしだもんな。おあつらえ向きに焼き鳥まで置いてあったし。・・・・・・そんなもん接待費で落としとけよ面倒くせえ。
 あ、どうせだからのし紙でも巻いといてくれ。ははははは。あと、焼き鳥もな。
 ん?いや急がなくていいぞ。今日は副指令といっしょに出かけてったから・・・・・・なに、花小路伯爵んとこに行ったぁ?聞いてないぞ?警護には誰が付いてる?・・・・・・じゃぁ俺が行かなくても大丈夫だな。で、二人が帰ってくるのは・・・・・・あー、わかんねえか。あのオッサンも繋がり多いからな。まともに付きあったら頭下げてるだけで日が落ちちまう。話なんかしてたらなおさらだな。まぁ、最悪、副指令だけでも帰ってくるんだろ?うん。うん。ま、その場合でも帰ってくるのは日が落ちてからだな。じゃぁ、それに合わせて、な。

 
 ・・・・・・俺の過去?

 

 ・・・・・・うーん、まぁいいじゃないかその辺は。細かいヤツだな。そんなに知りたけりゃ大神にでも聞いておけよ。あいつなら、俺が隠している事以外の大抵の事は知ってるぞ。

 
 ははははは。ははははははは。

 

 じゃ、よろしくなー。

 

 
 【了】
 


 作者あとがき
 加山雄一という男は、
 おそらくこういう男である。
 間違いない。