大神一郎残業日報
 がんばれ!大神くん!の巻

 大神の一日は忙しい。
 でも、一日に少しだけ、大神の時間がある。
 夕食後、その一日の仕事をまとめてから夜の見回りまで、数時間の空き時間が大神の貴重なプライベートだ。
 しかし、その貴重なプライベートも・・・・
 「でぇりぃやぁああああ!!」
 「うぉわぁああ!!!」

 「逃げんなオラぁ!!!」
 「ひぃいいい!!!!」

 ・・・・往々にして、何某かの「侵略」を受けることが多い。
 今日も今日とて、大神は鍛錬室で、カンナとのスパーリングに付き合わされていた。
 「隊長隊長たいちょー、だいじょーぶかぁ?」
 道着姿のカンナが、先ほど放ったローキック二段→カカト落しの連携で「かる〜く」失神した大神に腕を差し出し、大神の体を引き上げるようにして立たせる。当の大神は、モロに食らった肩口の辺りを片手で押さえながら、ふらついた足取りながらもようやく立ちあがった。
 「なんだよ隊長、ものたりねえなぁ」
 カンナは隊長に怪我がないことを確認すると(この場合、痛みは無視している)、いかにもつまらなそうに呟いた。
 「いてて・・・カンナ、少しは手加減ってものをさぁ」
 「うっせ、そんなのしてたら修行にならねぇだろう?」
 「修行って・・・・カンナは十分強いじゃないか。付き合わされる俺の身にもなってくれよ;;;;」
 大神は息も絶え絶えにそう言うと、その場にへたへたと座り込んでしまった。
 「んだぁ?だらしねぇなぁ」
 「いいんだよぉ。俺がだらしないんじゃなくて、カンナが強すぎるの」
 大神はそう言うと、ノロノロと体を動かして、フローリングの床の上に仰向けに寝転がった。組手の相手がいなくなってしまったカンナは、仕方なくそのすぐ隣に腰を下ろして額の汗をタオルで拭った。
 「隊長、休んだらまただからな」
 「・・・・」
 「たーいーちょー?」
 「や」
 「や?」
 「い・や・だ・も・ん・ね」
 「・・・・・あぁ〜ぁ」
 カンナは呆れたようにため息を漏らすと、一人で気合を入れているのも何だかバカバカしくてやっていられなくなったのか、大神に沿うようにしてゴロリと横になった。大神もそれに気がつきはしたが、別にそれ以上の反応も見せず、ピクリとも体を動かそうとしない。

 二人っきりの鍛錬室で、ほんの数分、不毛な時間が続いた。

 しかし、カンナは一人笑っていた。

 彼女はあることを思いついていた。

 大神に悟られぬよう、ニヤリと笑う価値のあるものを。

 「隊長」
 カンナが未だに寝そべったままの大神に声をかけた。
 「隊長。じゃあ、ちょっとした賭けをしようぜ」
 その言葉に、大神がピクリと耳を反応させる。
 カンナは知っていた。
 実は、大神はかなりの勝負好きなのである。
 「賭けって何だよ?」
 「これから自由組手をやって、隊長がもし一回でもアタイにパンチを当てられたら・・・・」
 「たら?」
 カンナはそこまで言うと、意味深な間を十分に作ってから、こう言った。
 「それで今日のスパーは終わりにしようじゃねえか。アンタが勝ったら帰っていいってコト」
 「・・・・・」
 してやったりの顔をしているカンナを他所に、大神の表情はさえない。そしていかにも呆れたようにしてこう言った。
 「カンナ、俺が本気のカンナに勝てるわけ無いだろう?勝負にならないよ」
 「ありゃ?そうかい?」
 そう言いながらも、カンナの表情は変わらない。それどころかその顔にどこまでも笑みを広げてゆく。
 「じゃあ、ハンデをやろうか?」
 カンナはにんまりと笑ってそう言うと、次の瞬間に驚くべき行動に出た。
 大神の目の前で道着を脱ぎ始めたのだ。
 「わわっっ!?何するんだよ!カンナ、やめなよ!?」
 驚きの声を上げる大神を気にする様子も無く、カンナは徐々に、その褐色に日焼けした肌をあらわにしていった。
 道着の上下、タンクトップ、ブラ代わりのサラシ・・・・・
 そしてついに、その体を覆うものがショーツ一枚にきりになったところで、やっとカンナの手が止まった。
 「何やってんだよカンナ、早く服着てくれよ!」
 カンナが大神に目を戻すと、大神は耳まで真赤になりながら後ろを向いていた。目を凝らすと頭から湯気が出ているのが見えそうで、カンナは思わず吹き出した。。
 「隊長?こっち見てみなよ」
 「服、着たか?」
 「いいから。じゃなきゃ、アタイがそっちに回ろうか?」
 「・・・・わかった」
 「よーし・・・・だから隊長、目ぇ開けなって」
 大神が、まるで太陽でも見つめるかの様にようにゆっくりと目を開けると、目の前には両手を組むようにして自らの胸を隠して立っているカンナの姿があった。
 バスト93cm/ウェスト70cm/ヒップ98cm(自己提出書類より)。
 をを・・・・でかい。
 服の上から見るのと脱ぐのとではこれほどに・・・・・
 いや、昔風呂場で覗いたときは
・・・・・・・って、違う違う違う!!
 大神は危うく失いかけた自制心を取り戻すと、更に真赤になりながらカンナに叫んだ。
 「だからカンナ!服着なよ!」
 大神は勝負好きである前に、何より、真面目だった。
 「これでいいのさ、隊長」
 「よくないバカ!!」
 慌てふためく大神を他所にして、カンナの声はいたって平静だった。
 「いいから聞きなって。アタイはこうして胸を隠しながら闘う。だから両腕は使えない。これがハンデって訳さ」
 「そんな・・・・じゃあ、裸になる意味が無いだろう?お願いだから何か着てくれよカンナ。これじゃ闘えないよ!」
 更に慌て続ける大神に、カンナは『必殺』の言葉を放った。
 「そしてアタイが勝ったら・・・・アタイが外に出る。つまり、勝った方が外に出るってわけさ」
 「へ?」
 「もちろん、このままの格好でね」
 「何言ってんだよ!全然わかんないよ!もういい!!」
 全く話が理解できない大神が、ついに踵を返すと、ドアに向かって一直線に歩き出した。
 すると、カンナがこう声を上げた。
 「そのドアを開けるんじゃないよ、隊長」
 その声を無視して歩き続けている大神の背中にに、カンナは喋り続ける。
 「勝負はまだ始まっちゃぁいないんだ。アタイの不戦勝でいいのかい?それに─」
 「それに?」
 「アタイは今、裸さ。この意味がわかるかい?密室で、二人の男と女がいて、そして女が裸同然の格好をしてるんだ」
 「・・・・・」
 「アンタがそのドアを開けたら、不戦勝のアタイはアンタよりも先に外に出て・・・・」
 カンナの声が大神が大神を捉えた。
 「こう叫ぶぜ・・・・『きゃぁああああああっ!!』ってな」
 「・・・・」
 「今日は花組の連中は全員そろってる上に、何の用だか花小路伯爵まで来ていやがる。意味わかる?」
 「・・・・・・カンナ」
 大神の足が、手が、止まった。そして数十秒の沈黙。
 そして
 「わかったよっ!!!やりゃあいいんだろっ!?畜生っ!!」
 大神はそう叫ぶと、半裸のカンナに襲いかかった。強烈な右ストレートが、唸りを上げて空間を切り裂く。カンナは上半身を上手く操ってそれをかわし、大神との間を確認するようにして後ろに跳び退る。
 「ははっ。隊長、リキはいってるねー、そんなパンチじゃ当たんないゼ?」
 「うるさい!」
 「あーあー、ダメだって。隊長、もう一個ハンデやろうか?」
 「黙って食らえ!このっ!・・・・このっ・・・!」
 こうして再び、二人のスパーリングが始まった。
 その最中、カンナは笑っていた。
 大神は気がつかなかったが、服を脱いでいるときも、大神に話しかけているときも、カンナはずっと笑っていた。
 大神は忘れていたのだ。
 カンナは格闘家である前に、幾多の修羅場を潜りぬけてきた、百戦錬磨の「女優」であるということを。

 「ほーらほら、こっちこっちぃ?」
 
「動くなっ!くそっ、当たれっ!!!」
 
「スキあり!必殺!ぶれすとふぁいあー!!」
 
(ぽんよよょ〜ん)
 
「うわわぁ!!?」
 
「さらに!これがホントの『裸締め』だっ!!」
 
(むにゅにゅ〜ぅ)
 
「!!???い、息が出来ない!?」

 大神がカンナから勝利を奪ったのは、それから2時間後の事だった。
 心身共に尽き果てた大神は、そのまま医務室へ。
 「すごい鼻血なのねぇ、道着まで真赤じゃないの・・・・打撲の跡もないのに、一体どうしたの?」と不思議がるかえでに、大神はしどろもどろに言い訳するのが精一杯だったという・・・・