大神一郎。
 私が初めて愛した男であり、同じくして私を愛した男。
 彼はもう、この世にはいない。

 大神が私にとって特別な存在になったのは、果たして何時のことだろう。私にははっきりとした境目を感じることは出来なかった。
 大神は元来優しい男だったが、何より暖かい心を持った人だった。
 海軍所属。
 黒之巣会との降魔大戦を治めた指導者。
 男子にして最高の霊力を持つ数少ない者
 八方美人なくせに口下手。
 そして彼は、いつも私を見守ってくれていたように思う。

 最後の闘いで、大神は新皇の攻撃から私をかばって直撃を受け、勝利を納めつつも全身に大怪我を負った。我々を収容に来たミカサに乗りこんだ後、開口されたコクピットの中で、彼は自らの流した鮮血で戦闘服を紅の色に染め上げていた。その時、大神が私をはっきりと見つめながら意識を失っていったのを、私は今でも瞼の裏に思い出すことが出来る。
 大神は軍直轄の病院に収容され、直ちに大神のための特別チームが編成された。しかし当時として最新の医療技術がふるわれたにも関わらず、その結果は数週間の延命にとどまった。大神は集中治療室に収容されて以来、いかなる面会も謝絶されていたが、彼は常に私に会いたがっていた事を、後に看護婦が話してくれた。

 私に面会が一度だけ許されたことがある。
 病室に入った私を、大神は変わり果てた姿で迎えた。過酷な治療と投薬でやつれた顔と、疲れきった瞳がこちらを向いていた。
 大神は私に、「こちらに来るように」と目で促した。私は彼の意を解し、近寄って酸素マスクを外した。
 恐らくこれが別れになるだろう。ドアのノブに手を掛けたときから、私は直感的にそう思っていた。
 「・・・・・・・」
 言葉を忘れていた唇が必死に動いている。私は彼の言葉を待った。
 「レ・・ニ・・・・」
 大神が私の名を呼び、視線をベッドの傍らにおいてある背の低いチェストに移した。そこには掌に乗るほどの小さな箱がおいてあった。
 それは指輪だった。
 銀のリングにダイヤをあしらった、一組のエンゲージリングだった。
 「・・・ぅ・・・ゅう・・・」
 秘めた想いを紡ぎ出すため、大神が苦しそうに身をよじり、私の方へ手を差し伸べた。私は彼の指を取り、一方を私の薬指に、そしてもう一方を彼の指にはめた。しかしやせ細った彼の指には、あつらえた指輪のサイズが合わなくなっていて、何度押し上げてもスルスルと下がってきてしまう。
 「・・・ふふっ・・・」
 困ったときに見せる大神の笑顔。この姿でなければ、それはいつもの見なれた表情だっただろうに。私は彼の指から指輪を抜き取ると、それを中指に入れ替えた。
 「隊長・・・これで、いいんだよね・・・?」
 大神はひび割れた肌でにっこりと頷いた。私は彼の手に頬擦りし、その実感を噛み締めようとした。
 誰も認めてはくれないだろう。
 しかし私達は今、結婚したのだ。
 立会人もなく、教会でもないこの殺風景な病院で。
 「私、レニ・ミルヒシュトラーセは・・・」
 大神の手を抱きしめたまま、私は祈りの言葉を捧げていた。
 
 私、レニ・ミルヒシュトラーセは
 今、神の祝福のもと
 大神一郎を夫とし
 その生涯を愛することを誓います・・・

 
 「死が、二人を別つとも・・・」
 私の言葉に大神が頷いた。
 「・・ありがとう・・・・ごめんな・・愛してるよ・・・・」
 大神はそう言った後、目を閉じた。
 彼の最後の言葉だった。
 そして私はこの時初めて、本当に産まれて初めて、泣いた。
  
  
 表でクラクションの音がする。どうやら迎えの車が来たらしい。私は子供の手を引いて車へと向かった。
  
  
 最後の出撃の時、私はあの非常時の最中、不謹慎にも大神に抱かれた。
 口付けさえもどかしく大神に抱きしめられた後、私達は互いの素肌を求め合った。
 その僅かな蜜月の刻が私に子を授けてくれた。私は出産の後、日本に帰化の申請を出し、その時に『大神』の性を名乗った。
 「大神麗美(おおがみれいみ)」。それが今の私の名前だ。

 車に近づくと、懐かしい顔が私を迎えてくれた。
 「レニ、久しぶりね」
 「御変わりありませんこと?レニ、私とは昨年以来ですわね」
 声の主はさくらとすみれだった。彼女らは今でも歌劇団の主役として舞台の上で輝いている。
 「うん。あなた達も元気そうで何よりね」
 私は平凡な言葉を返した。でも、それでいいと思った。
 「今日はこの子も連れて行くわ。そろそろ知っておかなくてはいけないから」
 「そう・・・」
 さくらが私の後ろに隠れている子を優しく見つめた。そのやわらかな視線に時の隔たりは無い。彼女は娘の頭を撫でながら、明るい表情で語りかけた。
 「お嬢ちゃん、お姉ちゃんと一緒に乗ろうか?」
 「うん!」
 娘は元気良く答えると、見慣れぬ車の後部座席に飛び乗った。
 
 「お姉ちゃん、知ってる?」
 互いの自己紹介が終わった後、娘がさくらに話しかけた。
 「ボクのお父さんは軍人なんだよ。今、お空にいるんだよ」
 「そうね・・・・知ってるわ。あなたのお父さんはね、素敵な方だったのよ・・・・」
 答えるさくらの瞳は潤んでいた。皆、それぞれの想いで今日のこの日を迎えていることを、私は知っていた。
 

 立ち上る線香の煙の中、折り重なった菊の花を見つめ、すみれが呟いた。
 「もう5年・・・短かったのかしらね」
 「わからないわ」
 「・・・・帝劇には戻らないの?今度の公演にはマリアが帰ってきてくれるって・・・・」
 「せっかくだけど、今度海外の仕事が入ったから、暫く日本には居ないの」
 さくらの申し出を、私はにべも無く断った。
 「あそこには思い出が多すぎるもの・・・」
 
 今日。大神の5度目の命日。
 私達は毎年、日本に残った数少ない初代花組隊員として、大神の墓前を訪れる。
 私達が大神にかける言葉、大神を想う気持ちは今も変らない。
 だから私は、今日もこの墓標に刻まれた名を見つめながらくり返すのだ。
 あの言葉を、もう一度・・・・


あとがき

 行き詰まっていたマリアの話の合間に、突然想いついたのが今回のレニの話です。
 大神隊長との悲しい別れを題材にしていますが、レニはこの悲しみを事実として受け入れ、それを認めて生きています。
 私はそれでいい、と思いました。
 人は悲しい出来事があると、時々それを乗り越えようとして必死になったりします。ただそれは、時としてそのことの事実ををすり替えたり、新たな意味を付け加えたりといった作業があるように思えてなりません。私は今回のストーリを考えた時、レニにはそう思ってほしくなかったのです。言いかえるなら、レニには悲しみを「受け入れる」強さを持って欲しかったのです。悲しい結末ですが、そのことを読み手の皆さんが思ってくれたなら幸いです。
 いや、今回の執筆は過酷でした(T∇T)/
 なにせ、この話を思いついたのが午前の仕事中のこと。
 それから午後にかけて話の道筋を立てて、家に帰るなりパソコンを立ち上げてGO!今回の作製条件は「2ページで終わらせろ」でしたので、普段長々と描写を続けてしまう私にはちょいときついものがありまして・・・書き終わったのが何と午前2時。終わった瞬間に寝てました。ハイ。
 今回の作品に限らず、感想は随時募集しておりますので、BBSなりメールなりでガシガシ送り付けてください。

(2001年3月18日)