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某日。帝劇のサロンにて。
とりあえずは何事もなく、帝國歌劇団についても帝國華撃団についても平和なその日、大神は珍しく加山と茶など嗜んでいた。とはいっても、この二人には某社長令嬢のような茶道の心得がある訳でもない。かえでに貰ったという海苔せんべいに噛み付きながら、それを殆ど出がらしになった日本茶で飲み下すという有様だった。
「ところで大神」
自ら自前の湯飲みに茶を注いでいる加山が、もぐもぐと口を動かしながら言った。
「さっきめずらしく正面入り口から入ったら、モギリ席にこれが置いてあったぞ」
そう前置きして加山がテーブルの上に出したのは、ピンク色の可愛らしい紙包みだった。ご丁寧に包みと同じピンク色のリボンまで付けてある。手に持ってみれば軽く、振ると中身がカサカサと音を立てた。多分女優へのプレゼントなのだろうが、困った事に宛名が無い。
「へぇ、めずらしいな」
最後のせんべいをかじりながら大神はそう言った。「モギリ席」とは、普段大神が切符を切っている場所の事である。モギリ席は花組の公演のある日ならば団員達へのプレゼント受付窓口の役割も担う。プレゼントを抱えたファン達はそこに立っている大神の事を『プレゼント一時預かり人』として手渡していくのだ。普通はその場に大神が立っている時以外は受け付ける事が出来ないのだが、不運にも大神が居ない時に出向いてしまったファンの中には、大神に察してもらえる事を期待しつつ、そのプレゼントが誰宛の物なのかを明記した上でその場に置いていく者も多かった。この包みもそんな中の一つなのだろう。
まぁ、加山が正面玄関から入ってくる事もそれはそれでめずらしいのだが、とりあえず大神はこの紙包みをどうしたものかと眺め回した。
「どうしようか?」
「開けてみたらいいんじゃないのか?」
加山はあっさりとそう言うのだが、大神の意見は否定的だ。
「いや、どこの誰からともわからん物を勝手に開ける訳には・・・・・・」
「なおさら開けてみろよ。メッセージカードとかが入ってれば、それで解決するかも知れないだろ」
「と言ってもなぁ」
「いいからいいから!貸せ!」
そう言い切ると加山は大神から包みを取り上げ、勝手にリボンを解き始めた。大神が止める間もなく包みは完全に剥がされ、中からは一枚の便箋と、手焼きらしいクッキーが姿を現した。加山は早速ファンレターの文面を読み始めたのだが、途中まで読んだ辺りでフッと顔つきを変え、カードとクッキーと大神の顔をまじまじと見比べた。
「・・・・・・大神、こりゃタイヘンだぞ」
「大変、って何が?まさか毒でも入ってるんじゃあるまいな」
「いや、それだったら逆に納得出来るんだが・・・・・・」加山はそう言いながら、メッセージカードを大神に手渡した。「とにかく、読めよ」
せかす加山に根負けして、大神はいぶかしげに便箋を受け取り、目を通した。だが途中まで読み進めると、やはり大神も加山と同様に顔つきを変えた。
文面にはこう書かれていた。
『謹んで申し上げます
このようなものが突然届いて、貴方は驚いていらっしゃる事でしょう。
貴方は私を知らぬでしょうが、私は帝劇に足を運ぶ毎、貴方を見つめてまいりました。
初めて貴方にお会いしたのは、切符を切る貴方の笑顔が私を幸せな想いに包んでくれる事を知った時。
嗚呼、その日から数えれば、はたしてどれ程帝劇に足を運んだ事でしょう。
いつぞやなど、貴方の御顔を拝見したいばかりに、指定席の切符を持ちながら当日の立見を選び、
客足の整理にあたられる貴方の傍らにずっと立っていた時もありました。
この間、売店の方と楽しそうに笑っていらっしゃるのを見て、皆に慕われている貴方の人柄を伺いました。
その時に初めて、貴方のお名前を耳にしました。
大神さん、とおっしゃるのですね。
今は名前ばかりでなく、もっと貴方の事を知り、そして貴方にも私の事を知っていただきたいと思っております。
ご迷惑でないのなら、一度お会いしてはいただけないでしょうか。
もし、私の気持ちを受けてくれるならば。
次回の公演の時、包みに使ったリボンをハサミの柄に巻いておいてください。
それを見つけた私は、改めて貴方の為に筆を執るでしょう。
風邪など召されなさらぬよう、お体にお気をつけて
かしこ
追記
貴方の為に得意の洋菓子をこしらえましたので、ご賞味ください。
名もなき花より』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それは紛れもなく大神へ宛てた恋文だった。 |