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目を開けると、そこは自室だった。
その部屋の持ち主である真宮寺さくらはふっと息をつき、体の緊張を解いた。
今、本当の自分は司令室の椅子の上にあり、ヘッドギアによってデータ化された自分がプログラムの中にいる。かえではこの状態について夢のようなものであると説明したが、さくらが感じる全ての感覚(触覚を始めとする全ての五感)が今までのそれとは全く異なっている。
「なんか、凄いことになっちゃった・・・・・・」
よくわからない。しかしさくらにとって、それは問題にはならない。理解する必要も無い。唯一の問題といえば、この環境が作り出された目的が『大神一郎争奪戦』であるということ。
(大神さん・・・・・)
他の隊員達の視線にも気づいていたし、いずれタダでは済むまいと思ってはいたが、この状況はあまりにも予定外だ。もちろん、さくら自身が抱える大神への想いは今すぐにでも結婚したい程に強いのだが、さくらもやはり『女の子』。一応は段階というものを踏まえたい。
・・・・・・と言いつつも、このさくら嬢、やってる事がかなりエゲツない。
いつ帝劇に雷が堕ちてもいいように、常に自分を『すぐさま大神に抱きつける位置』に置くのは基本中の基本、常に大神の行動を確認するために彼のスケジュールをこっそりと抑えておくのは日常茶飯事。その一部を自分の都合のいいように書き換えることもしばしばで、さすがに丸一日ストーキングするような事はためらったが、大神の携帯キネマトロンに盗聴器を仕掛けてからはその悩みも一挙に解決している。今後彼女に残されている課題といえば、大神自身から直接プロポーズを受けるため、どうやったら『例の薬』を大神に飲ませるかという問題のみ。
結局、さくらにとっての段階というものは、一挙手一投足、ただ網にかかった魚を手繰り寄せる事を指すらしい。
閑話休題。
さくらは自室の姿見の自分の前に立ち、自分の姿を確認した。服装こそいつもの袴姿だが、両袖をたすきで縛り上げ、両手に篭手、額に鉢巻。そして右手には、かの名刀『霊剣荒鷹』がある。かえでにしてみれば持ち込んだ武器を無効化する手段は如何様にもあったのだろうが、どうやら許されたらしい。他のメンバーにおいてもそうなのだろうが、今のさくらにしてみれば、とりあえず荒鷹がこの手にある事が何より心強かった。
さくらは荒鷹を鞘から引き抜くと、姿見の前で身構えた。その刃を空気に晒すだけで、荒鷹には周囲の空気を一変させる存在感がある事をさくらは知っている。父の形見でもあるその刀を握っている時だけは、さくらは多大なる自信と熱意に包まれるのだった。
「お父様・・・・・・」
この荒鷹を争いに使う事をお許し下さい。
しかし私は、必ずやこの争いを制します。
有象無象をなぎ払い、退ける力を私にどうかお授け下さい。
そうすれば次のお正月に、お父様の墓前に私の夫となる方をお連れする事になるでしょう。
さらに・・・・・・
少し早いかもしれませんが、お父様の孫を連れて行く事もお約束させて下さい。
大丈夫、今月中にガンバれば十分間に合います。
(現在2月13日)。
・・・・・・・てへっ♪
・・・・・・。
最後の台詞に「ぺろっ」と舌を出すさくら。頬をほんのりと桃色に染め上げつつ、今、さくらの胸には未だ見ぬ赤ん坊を抱く自分と大神、そしてそれを父の墓前に報告する母の姿が描かれていた。ついでにそれに至る過程まで・・・・・ええそりゃーもうわざわざ自分でモザイクを用意しなければならない位にクッキリハッキリと。しかしそれとは裏腹に、強烈な霊力が彼女の背中に満ちてゆく。彼女の霊力は煩悩に比例するとでもいうのか、その凄まじさ、まさに『煩悩昇り竜』。
口から炎の煩悩を撒き散らす桃色の竜を背負い、彼女はついに自室のドアを開けた。
硬く綴じていた目を開けると、そこは大小様々、色とりどりのぬいぐるみで埋め尽くされた部屋だった。とりあえず部屋の中に自分以外の気配を探し、襲い掛かってくる人間に備える。だが、どうやらその心配は無用のようだ。
「ふっ・・・・・・」
ため息と共に緊張を解き、グリシーヌは改めてこの状況を飲み込もうとした。もちろん彼女自身のルール確認の意味もあるのだが、こういった冷静な一面はいかにもグリシーヌらしい。混乱している読者諸君へも特別優しい配慮である。
1、これは『大神一郎争奪戦・生き残りゲーム』である
2、ここは演算機の中に設けられた疑似空間であり、我々はその中に存在している。
3、手首に装着しているブレスレッドが、我々と世界を繋ぐ通行パスであり、命綱である。
4、ブレスレッドを外されると、この世界から駆除される。
5、一分間以上意識を失うと、ブレスレッドが自動的に外れ、その場合も同様に駆除される。
6、とりあえず、死ぬことはない。
おおむねこんなものだろうか。グリシーヌは頭の中に描いた箇条書きを何度も読み返した。1番2番に対しては、もう受け入れるしかないだろう。むしろここまでお膳立てが進んでいるのなら、望むところだ。特に2番にいたっては理屈を解釈出来ないのだからどうしようもない。しかし3番4番5番については、このゲームのルールとして頭に叩き込んでおく必要がありそうだ。今身につけているこの奇妙なブレスレッドにそういった役割があるのならば、今後、他人との遭遇にはそれなりの覚悟が必要になる。手にあるこの戦斧を振りかざし、それらの脅威を退けなければ勝利は無い。手加減の存在は許されないだろう。これが現実であるのなら少々ためらわれるところだが、6番がそれを可能にしている。先程斧彦が姿を消した時、どうやら現実にあった斧彦の体にもダメージは在った。だが裏を返せば、実体に受けるダメージはその程度で止まっているのだ。そうでなければ、カンナとロベリアの一方的な打撃を受けて生きていられる訳が無い。
ならば全員、この戦斧で叩き伏せてやろう。
青い瞳がキラリと輝き、今、グリシーヌはドアノブを掴んだ。
それは彼女の心から迷いが消えた、その瞬間であった。
神埼風神流免許皆伝、神崎すみれこと薙刀の豪姫は一人廊下の奥に立ち、両側に並ぶドアの列を眺めていた。既に戦闘服に身を包んだ彼女の手には愛用の薙刀がある。だがそれは普段携帯している折りたたみ式の物ではない。毎夜の手入れに磨かれた、曰く先祖伝来の薙刀である。普段どおりの化粧を施したその両頬は化粧のそれを引き立てる事無く引き締まり、目は、武芸家のそれにとって代わっていた。既に戦闘態勢は十分すぎるほどに整っている。
しかし・・・・・・・
(一着目は色内掛けでしっとりと、でもケーキカットは・・・・・やっぱりドレスかしらね。だからお色直しは4回・・・・・・いえ、私がデザインさせたドレスもあるから6回はやらないと。ホテルは帝國・・・・・オークラ・・・・・・ううん、いっそのこと豪華客船で海上挙式というのも悪くはありませんわ。軽井沢の別荘もいいわね。料理は当家の料理人+和洋中の三鉄人を呼び出して、料理記者歴40年の岸朝子も「まっつぁお」な料理が所狭しと並ぶのよ。そして神父の言葉に促され、いよいよ純白の礼服に身を包んだあの方が優しく私のベールをたくし上げて、私を見つめて下さるのよ。あの澄み切った黒い瞳が徐々に迫って、そしてついに私の・・・・・・私の・・・・・・
とぐろを巻いた煩悩の蛇がここに一匹。その形相いでたちとは裏腹に、すみれの脳内劇場は満員御礼で誓いのキスの真っ最中だった。
「いけませんわ、それ以上をここで迫られても、私、私・・・・・・・」
誰もそこまで想像しろとは言ってないが、一度走り出した煩悩は誰にも止められない。両手で薙刀を構え、溢れる霊力が背に輝き、獲物を捕らえる獣そのもののの瞳で立っている彼女。それだけでも他を退ける気迫に満ちているのだが、その姿勢を一分も崩す事無く煩悩の端々を口走っている姿は、彼女に全く異質の迫力を与えていた。彼女の頭の中で何が何処まで進んでいるのかは判らないが、邪に緩んだ口元が逆に恐ろしい。
「中尉・・・・・中尉ったら・・・・・あん♪」
このまま健全モードで進んでいけるのかがチョット心配になってきそうな言葉が漏れたのは、両側のドアが開いた瞬間と殆ど同時だった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
早すぎた再会に、一瞬身じろいだのが2人。手に余る待ち伏せの結果を呪ったのが一人。
だが
「ここで会ったが百年目ぇええええええええ!!!」
それが必然であるかのように、三人は同時に踏み込んだ。
【残り13人】
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