廊下で始まった戦いは熾烈を極めつつあった。狭い廊下で長物2本がぶつかり合い、その間隙を縫って日本刀が舞い踊る。この三つ巴はいわゆる『三すくみ』の膠着の様子など微塵も見せず、ただ激しさだけがヒートアップしていた。
 一瞬、グリシーヌがさくらを押せば、すみれがすかさずその背後に回る。しかしさくらがそれに気づく。さくらの太刀が届く前にすみれは3つ4つの突きを出しながら距離を戻そうとするが、グリシーヌがそれを許さない。戦斧の一振りが横っぱらいに一閃したかと思うと、さくらもろとも壁際に吹き飛ばす・・・・・流石、武器の持ち主がそろいもそろって免許皆伝の腕前を持つだけの事はある。まるで3つの竜巻がぶつかり合うような闘いが、一瞬の間も置かずに続けられているのだった。
 「くっ!」
 攻撃しつつ攻撃をかわし、攻撃をかわしつつ次の攻撃を思索する。超高速で動作する思考ロジックに歯を食いしばりつつ、さくらは廊下の奥で壁を背負った。
 この二人と本気で立ち会った事など殆どなかったが、二人の動きはさくらの想像を完全に超えていた。すみれの薙刀の突きが機関銃に例えられるならば、グリシーヌによる戦斧の一振りは大砲に例えてそれを上回った。足捌き、体捌きが完璧である事は言うまでも無く、二人とも、激しく動く二つの目標を同時に捉えながら、自分の動きも完全に把握している。紛れも無い強敵だった。
 だからと言ってさくら自身に不利な要素がある訳ではない。霊気を帯びて翻る霊剣荒鷹の刃は二人にとって脅威以外の何者でもなく、今頃はさくらに対する認識を改めさせているに違いない。むしろ、一撃の威力は高いが狭い通路の中では邪魔になる長物よりも、機敏に動く事の出来る日本刀の冴えはここに来て真骨頂を極めつつあった。
 今の時点では完全に互角。だからさくらには作戦が必要だった。そしてその作戦が彼女に壁を背負わせたのだ。グリシーヌとすみれの意識が同時にこちらに向けられた瞬間に廊下の奥で壁を背負う。タイミングは完全に同時でなくてはならない。どちらかがどちらかより早くても遅くても、この作戦は破綻する。さり気なく、それでいてこれ見よがしにさくらは動いた。刀を下げ、肩を落とし、壁を頼りに体をずらす。あと5cm、あと2cm・・・・・・
 その様子が『多少強引にでも手を出したくなるような千載一遇のチャンス』に見えたのならば、それはさくらにとって舞台女優としての誉れとなるだろう。
 「貰った!」
 「覚悟!」
 『絶体絶命のチャンス』はさくらの思惑通りにやってきた。向かって左側でグリシーヌが戦斧を真上に振りかぶり、右側からはすみれが猛烈な勢いで突っ込んでくる。さくらは正面に床を転がって二人の間をすり抜けた。直後、壁の漆喰が爆発するように弾け飛んだ。彼女は攻撃をかわしたのだ。かわしたといってもそれは紙一重の差すら無く、見れば左右の袖がザックリ犠牲になっていた。だが彼女は攻撃をかわした。それで十分だった。上半身を捻ると同時に片膝を着いて体勢を整え、荒鷹を肩に担ぐ。
 「破邪剣征!」
 それ以上を言うより先に、荒鷹の刃が鋭く輝いた。気配に気づいた二人が同時に振り返り武器を構えようとするが、遅い。刃先が半分以上壁にめり込んでいる二人の武器を引き抜き翻す事は出来ないだろう。
 

「桜花放神!!!!」

 
 様子見半分の力加減だがタイミング、スピード共に十分。
 さくらは確信した。作戦成功!

 しかし。

「ズゴォオオオアアアアアアアン!!!!」

 
 思わずフォントも書き換わるくらいの勢いで放出された桃色の光の波は両側に並ぶドアを破壊しながら巨大に膨れ上がり、完全に通路を埋め尽くした。反動はさくらの体をやすやすと宙へと運び、一直線に弾き飛ばすと副指令室のドアへ叩き付けた。
 
 まるで光武からの一撃。だが驚くのはまだ早い。
 
「ジャッキィイイイイイイイイインン!!!!」


 埋め込まれた武器に手を掛けて、グリシーヌとすみれは身を翻した。満身の力を込めてそれを引き抜くと、自らの前にそれを立てた。半円の弧を描いた刃先は通路の壁を粉々に打ち砕き、何の抵抗も感じさせ無いまま彼女達の盾となった。武器に送り込まれた霊力が満ち、輝くと、それらは分厚い結界となった。
 
「ドッグッワァアアアアアアアアアンンン!!!!」 
 
 ぶつかり合った霊力の塊が弾ける。衝撃波は的になった二人は元より、とっさに身を縮めたさくらの体をも容赦なく切り刻んだ。空間に不可思議な歪みを残したままでそれが収まると、そこには衝撃波に衣服をもぎ取られつつも無傷で立っているグリシーヌとすみれ、自らの行為の結末に呆然とするさくらがいた。
 「な、な、なんなんなんなん・・・・・・・」殆ど全裸でアワアワになっているすみれの隣で、これまたボロキレを体に巻きつけただけのグリシーヌが叫んだ。「何なんだコレは!」
 「それはこっちの台詞です!」
 さくらが荒鷹を掲げて仁王立ちになって言葉を返した。やはり衣服は原型をとどめておらず、袴の下の肌襦袢までボロボロになっている。
 「貴様、我々を殺す気か!」
 「それはお互い様でしょう!」 
 「だとしても初っ端からエネルギー充填120%の必殺技を使うな!貴様には闘いにおいての美意識と言うものが無いのか!?」
 「見損なわないで下さい、私にだって作戦はあるんです!あれでも軽くやったつもりなんです!」
 「ハッ!ここに来て虚勢を張るとは見上げたものだな!」
 「虚勢じゃありません!あれで五割程度だったんですから!」
 突然始まったさくらとグリシーヌの口げんかだったが、何の脈絡もなくそこに割って入ったのは、すみれでも誰でもない、意外な声だった。
 
 「ぴんぽんぱんぽーん♪あー、あー。本日は晴天なり♪
 只今マイクのテスト中ったらテスト中♪あー、テステス♪
 すいませーん、天ぷらそば一つ帝劇まで♪」

 
 辛うじて天井からぶら下がっている館内スピーカーからかえでの声が響いて、三人はギョッと目を見開いた。
 
 「業務連絡申し上げまーす♪
 えー、プログラムの仕様上、皆様の霊力は3倍程度に
 引き上げられておりまーす♪テキトーな力加減で必殺技を
 披露しようとするとトンでもないコトになってしまいますので、
 以後お気をつけ下さーい♪」

 
 それ以上の言葉が用意されていたかどうかは不明だが、天井スピーカーが自らの役目を終えたかのごとく落下してきて、かえでによる業務連絡は、聞こえてきた時と同じように何の脈絡もなく途切れてしまった。
 「な・・・・・」
 「な・・・・・」
 「な・・・・・」
 なんだってまた、そんなフザケた真似をするか?
 そう言いたいのだが、ナレーションの内容にあきれ果ててしまい、三人とも口がきけなくなっていた。あの女、目が覚めたら絶対ぶっ飛ばしてやる。勝手に話を進めた挙句に散々面白がりやがって。
 ふつふつと湧き上がってくる怒りはあるが、とりあえず今はそれにかまけている場合ではない。怪我こそ無いものの、何しろほとんど裸という状態だ。勝利条件に関係ないとは言え、やはり居心地が悪い。服が必要だった。
 「さくらさん、ここは一つ休戦という事でいかがかしら?グリシーヌさんも」
 この状況下、おそらく三人とも同じ意見であると踏んだのだろう。すみれはそのように提案した。
 「ふむ・・・・・そうだな。確かにこのままでは、そなた等を倒したとしてもその後の行動がとりづらい」 
 「私、着替えてきます。代えの袴、ありますから」
 「ではグリシーヌさんは私の部屋に参りましょう。サイズが合えば、私の衣装をお召しになるとよろしいですわ」
 「ああ。そうさせてもらおうか」
 あっさりと休戦条約が結ばれて、三人は破壊され残骸と化したドアを跨いでそれぞれの部屋へと帰っていった。ここら辺はやはり女子である。
 
 数分後。
 
 「さて、と・・・・・・どうしましょう?」
 スペアであるという袴に着替えたさくらとそれぞれが動きやすい洋装にお召し代えを済ませたリシーヌとすみれは、再び廊下の中央に集まった。それぞれ身を包む衣服が替わっても、各自の武器は依然としてその手の中に収められている。だが、遭遇した時のような緊張感は無い。なんとなく警戒はしているものの、お互いが身構えるような事は無かった。
 「そうだな・・・・・・私に考えが無いことも無いんだが、どうだろう?」
 グリシーヌが顎に手を当てて考えている。残る二人は顔を見合わせた後、とりあえずグリシーヌの言葉を待った。
 「我々が再び争うのはたやすい。いずれ勝敗も着くだろう。しかし、今ここに三人集まっているという事をもっとプラス方向に考えた方が良くはないだろうか?」
 「・・・・・・・と、おっしゃると?」
 すみれがグリシーヌの言葉尻十分に思索してから尋ねた。グリシーヌは続けた。
 「手を組む、という事だ。一時的に、という条件付であることは言うまでも無いがな」
 「手を組む?」
 さくらが『?』マークを頭に3つ点滅させながら聞き返す。
 「そうだ。あの副指令という女は、我々の霊力が3倍まで引き上げられていると言っていた。さくらの攻撃を見ればそれは明らかだし、私やすみれ、他の人間もそのようにされているのだろう」
 「ええ、そう思いますけど」
 「ならば聞くが、たとえ自分の力が三倍になっているからといって、同じく普段の三倍の力を持つ相手と争って簡単に勝利出来ると思うか?」グリシーヌは素早く二人を見渡した。「私はおそらく、それは出来ないと思う。出来たとしても思うほど簡単では無いだろう」
 「何故ですの?」
 「霊力は攻撃の力にのみ関係する事ではない。全ての力の源になっているはずだ。おそらくその者の思考すら変えるだろう。そうなったら最後、その『誰か』は三倍の力を身につけた『誰か』では無い・・・・・・『怪物』だ」
 『怪物』という言葉を用いたところで、グリシーヌの説得は熱を増した。さくらもすみれも、彼女の言葉に聞き入った。
 「今、我々はこうして三人集まっている。もし、この状態が維持できるとするならば、我々がこの状態を維持する限りどんな怪物がやってきたとしても有利に対応出来ると思う。何と言っても3対1なのだからな。一人が気を引きつけ、一人が応戦し、一人が裏をかく。三人同時に攻撃してもいい。もしそうなれば、その『怪物』は9倍の力を相手にすることになる・・・・・・私の言っている意味が判るか?」
 答えを促されて、さくらとすみれは頷いた。
 「はい、判ります・・・・・・とりあえず、今のうちは」
 「いずれは私の相手をしてもらう事になりましょうけれど、その順番は関係ありませんものね。それに、受けるダメージは少ない方が良いに決まってますわ」
 「なら、決まりだな」
 グリシーヌが手を打った。意思を確信するかのように頷きあうと、三人は前方に手を差し出し、その手を重ね合わせた。
 「言っておきますけれど、あくまでも今のうちの話ですからね」
 と、さくら。
 「だがその間は、お互いに協力するのだからな」
 と、グリシーヌ。
 「チームワーク、という事ですわね」
 と、すみれ。
 即席のタッグチームは、傍から見ればそうである事など気づかぬ程、殆ど無敵に見えた。また三人にとっても、実際そうありたいものだった。
 
 「それにしても・・・・・・」すみれは改めて自分達が立っている廊下を見渡した。「まったく、不可思議な仮想空間ですこと」
 三人がこの通路の中央に戻ってくる時、さくらの攻撃によって破壊されたはずの通路は完全に修復され、何事も無かったかのように復活していた。それはおそらくここが仮想空間であるという事と、彼女達がプログラムによってそこに存在しているという証明となるのだろうが、着替え終わって振り向いた時に目の前のドアが復活しているのを見た時には、三人ともたいそう驚かされたのだった。どうせなら破れた服も直してくれればいいのにとも思ったが、着替えてしまった以上それはどうでもいい事だ。

 真新しくなった廊下を通り抜け、三人は歩き出した。


【残り13人】

to next



『モーターライズは効果三倍界王拳』

狂四郎理論は彼女達を救う事が出来るのか?

ともあれ、即席タッグチームは強そうだそ!

待て、次週!