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曲がり角の前で足を止める。
壁に張り付き、その向こう側に注意を伸ばす。
全方向に気を配りながら、音もなくすり抜ける。
言葉にすれば至極単純。だがそれらの作業は鍛え上げられた軍人でも無い限り、かなり難しい事なのだ。もっとも、華撃団に所属する全ての隊員達とて曲りなりにも軍人であり、当然そういった訓練も受けている。個人差はあれど、求められればアイリスでさえその役割を立派にこなすのだ。
しかし今、さくらはまったく別の理由から、自分にとってその行為が非常に困難であるという事実に悩まされていた。
何故なら・・・・・
「ちょっとグリシーヌさん、戦斧の柄が私の薙刀の柄に触れておりますわよ。まったく邪魔くさい・・・・・引っ込めて下さいませんこと?」
「何を言うか、ならば貴様が引き込めればよかろう?大体にして、その貧弱な武器で敵を退けるのか?」
「何をおっしゃいますの?この薙刀は文化財の指定をも受けた、神崎の家宝でございますのよ?」
「成金風情が家宝とは、笑わせるくれるな。どうせ壷や彫像と同じく、眺めて愛でる程度にしか価値が無いのであろう?」
「な、なんですってぇえええ〜〜〜!?」
・・・・・とまぁ、先程からこの調子なのである。
三人そろってみたまでは良かったものの、グリシーヌとすみれの足並みがどうしても揃わないのだ。とにかく三歩進んでは二言争い、五歩進んでは掴みかかるという始末で、抜き足差し足忍び足などは夢のまた夢。実際、自室の前からサロンを通り過ぎ、このテラスへ続く廊下に出てくるまでに誰かに発見されなかったのは奇跡としか言いようが無い。
いや、もしかしたら既に誰かに発見されているのかも・・・・・?
さくらは一人耳を澄ませながら一人ため息をついた。幸い、テラスと二階客席へと繋がる広間は無人に見える。しかしその気になった相手なら、目の届かない場所からこちらの動きを伺う事などは造作も無いことだろう。知る範囲でさえ、花火などは遠距離に向いた武器を所持しているし、銃器を持つマリアやエリカという存在もまた脅威的だ。不利であるという意識はさらさら無いが、こちらの武器が近距離用である以上、先制攻撃を受ける可能性は高い。
「ちょっと、二人とも!三人で力を合わせるって言ったばかりじゃありませんか?少しは静かにして下さいよ!」
ついに我慢できなくなって、さくらはすみれとグリシーヌに聞こえる範囲で叫んだ。二人はその声に反応し黙り込んだものの、お互いまだ何か言い足りなそうに睨み合っている。
「ぐぐぐぐぐぐ・・・・・」
「ぎぎぎぎぎ・・・・・」
別に歯軋りの音をわざわざ口で言わなくても良さそうなものだが、実際、彼女達の奥歯からはそれ以上の音が聞こえてくる。二人とも両のまなじりは引き裂かれんばかりに見開かれており、あまりの怒りにこめかみの産毛が逆立っている。こちらが鬼ならあちらは夜叉。まさに百年の恋も号泣ダッシュで逃げ出そうかという、そりゃーもう凄まじい形相だった。
「さくら、この女の言動には我慢がならぬ!」
突如、グリシーヌが吠えた。
「さくらさん!私もこの方にはほとほと愛想が尽きましたわ!」
今度はすみれが吠えた。二人とも、さくらの注意など耳に入ってもいない様である。
「大体その服は何なんだ?普段着なのか?肌の露出が極まりなく多いではないか。華撃団ともあろう者が、闘いにおける装束の心得も知らぬのか!」
「私の美のセンスはたとえ戦いにおいても止められる物ではありませんわ!?あなたこそ何ですの?あれほどのコレクションを前にしておきながら、あなたが選んだのは、乗馬服ではありませんか!?全く、その手のものが無粋なら、ファッションセンスまで無粋なんですのね!」
「貴様、我が一族の誇りを愚弄するつもりか!」
「だったらどうなんですの!?」
もはや罵詈雑言のシーソーゲーム、大悪口大会は止まるところをしらず更にヒートアップしようとしてる。一方で、一人蚊帳の外のさくらは二人のあまりの迫力にただただあっけにとられていた。普段からすみれとカンナの口喧嘩を目にしているので、このような展開には慣れているつもりだった。しかし、すみれが今回相手にしているのはカンナではなくグリシーヌなのである。カンナとすみれが織り成す喧嘩というものは、例えて言うなら水と油が喧嘩しているようなものであり、最終的に互いの意見は決して交わろうとしない。だが、だからこそ常にどちらかが折れるか、互いに認めあうといったような、比較的よい形での終局を迎える事が多かった。しかし、このグリシーヌは違う。言ってみればすみれと同系、すみれが「水」であるとすればグリシーヌもまた「水」という存在なのだ。水は水でも水質が違う。かたや硬質、こなた軟質。一緒になれば混ざり合う。一見問題なさそうに見えても、それは妥協でもなんでもなく、互いの干渉に他ならないのだった。
「さくら!前言を撤回するぞ!そなたとは組めるがこの女とは組めぬ!誰かに会う前に、先ずはこの女を消すのが先だ!」
「な、何言ってるんですか!?」ついに発せられたグリシーヌの最悪の発言に、さくらが目を丸くする。「仲間割れだなんて、冗談はよして下さい!大体、グリシーヌさんはこの提案の発言者じゃないですか、もっとしっかりリーダーシップを見せてくれないと・・・・・」
おろおろとフォローするさくらだったが、グリシーヌの言葉にすみれがキレる方が早かった。
「フン!貴女如きに命を捕られる私ではありませんわ!さくらさん、今こそ新参者と古参の違いを見せる時ですわよ!無粋な輩には消えて頂きましょう!?」
「あ、あの・・・・・」
さくらはもう、開いた口が塞がらなかった。
ついにこのタッグチームは仲間割れを向かえ、その上互いが2対1に持ち込みたくて、何とさくらの取り合いが始まってしまったのだ。宥めるように二人の表情を伺うさくらであったが、二人の顔にはクッキリと特太ゴシック体で『本気』と書いて『マジ』と読める文字が浮かんでいる。瞳の中には燃える炎で『殺』マーク。かなりヤバイ雰囲気だ。
─しかし。
さくらは、篭手の裏側でかすかに指を動かし、自然に落とした両腕の全神経を自らの腰の左側、太刀へと集中させた。それは北辰一刀流に見る抜刀術、即ち居合いにおける自然体の構えに他ならなかった。
実は、さくらは待っていたのだ。この最悪の瞬間を。いずれはすみれとグリシーヌが仲間割れすることを予想し、いざとなった時に不利を迎えぬよう、彼女は常に蚊帳の外に居るように勤めていた。二人の意識がこちらに向けられない事を確信した後、歩く時は先頭に立ち、慎重を装ったすり足で、始終この居合いの構えを維持してきたのだ。彼女の注意は先頭に待ち構える敵にではなく、背後での言い争いに向けられていたのである。
ニヤリ。
さくらは一人、心の中でほくそ笑んだ。まさかここまで予定通りになるとは。あまりにも都合が良すぎて、笑いの発作が起きそうだった。実を言えばこの三人の状態で2、3人を屠っておく予定ではあったが、どうせ順番が少し変わるだけの話。どちらと組んだとしても、3人が2人に減ったところで優勢には違いないだろう。それに、このまま後ろでギャーギャー騒がれたのでは、本当に遠距離からの不意打ちの的になりかねない。
いや・・・・・いっその事・・・・・?
更なる妙案を思い浮かべたさくらは短く息を吸い、二人に向かってこう言い放った。
「私だってあなた方の協調性の無さには愛想が尽き果てました!お二人とも、どうぞこの場で勝負して、どうぞご自由に勝敗を決して下さい!私は勝った方と組ませていただきます!」
さくらの声にハッと顔を見合わせる二人。無論さくらの真意は他にある。彼女にはもう、タッグチームを結成しようなどという甘っちょろい考えは消えていた。この場で二人を争わせ、自分は無傷で一人減らした後、さらに手負いの勝利者を切り伏せ、自分だけが生き残ろうという算段なのだ。
まさに邪悪。そうとしか呼びようの無い作戦だったが、頭に血が上っているすみれとグリシーヌがそれに気づく訳が無い。
「さくら、よく言った!待つがいい、5分で片を付けてやる!」
「その遠吠え・・・・・そっくり返させて頂きますわよ!」
そそのかされた事に気づかず、ついに刃を切り結ぶグリシーヌとすみれ。霊力全開で格闘している二人を正面に置き、さくらは一人二階ホールへ身を移した。
せいぜい頑張るがいい、脇キャラどもが。
一歩も引かずに不毛な争いを続けている二人を眺めながら、彼女は荒鷹の鯉口を切った。
その時、一階ホールから延びる階段を、猛烈な勢いで上ってくる影があった。姿を現したのは真っ赤な修道服に身を包み、自前のマシンガンを持つ少女。
見間違うはずも無く、あの姿はシャノワールきってのトラブルメーカー、エリカ・フォンティーヌである。
突然のエリカの登場に、三人がそれまでの争いを一時中断して注意を向けると、何やら彼女の様子がおかしい事に気づいた。エリカにも三人の姿は見えているはずなのだが、手にしたマシンガンの銃口は全く別の方向を向いている。全ての弾丸は階段の下方へ向かって発砲され、次々と弾倉を入れ替えては引き金を引き絞っている。状況は不可解だが、誰の目から見ても彼女の行動は尋常ではなかった。
「エリカ!」
ついにグリシーヌが声を投げた。無論手にした戦斧を構えた後での事だ。エリカがその声に反応して振り向くと、他の二人も素早く構えを作った。
やがて、息も絶え絶えという風に駆け寄ってきたエリカは、開口一番にこう叫んだ。
「逃げて・・・・・!早く逃げて!」
「エリカ、どうした!何があった?誰に追われているんだ!?」
言うなり床に這い蹲り、マシンガンが手から離れれた事にも気づかぬ様子でワナワナと震えるエリカに向かい、グリシーヌが何度も問いただす。しかしその声は、ほぼ半狂乱のエリカには全く届いていない。そればかりか、エリカは三人を見上げてこう叫んだのだ。
「逃げて!私じゃ全然適わないの!あなた達だってあの怪物を止められないわ!早く逃げて!」
怪物・・・・・?
三人は顔を見合わせ、もう一度、エリカが駆け上ってきた階段のほうを見やった。
階段の床には、エリカの言うところである『怪物』と思わしき巨大な影が、ゆらり、ゆらりと這っていた。
【残り12人】
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