ところ変わって、こちらは現実世界の帝劇地下。
 回復した斧彦を連れて戻った薔薇組が司令室に入るなり目にしたのは、あまりにも異様な光景だった。
 
 
 

ずるずるずるずる・・・・・

 「ったく・・・・・」

んずずずずっ!ずずずずずっ!

 「いい加減に・・・・・」

ずびずばどばばばばばばっっ!!

 「してくれないかしらね・・・・・」

うぶぼばぼばぼばぼばぼぼぼぼっっっ!!!

 「・・・・・ああちくしょう!」

 
 
 
 一応言っておくが、別に鼻づまりを起こしたロケットランチャー人間が苦しみのあまりに七転八倒している訳ではない。
 これは、司令室の中央、「聳え立つ」という表現が相応しい80インチの巨大モニターを前に置き、藤枝かえでが怒号の勢いで出前の天ぷらそばをかっ込んでいる様子を模した擬音である。コンソールにそばつゆが飛び散るのも一向に構わない様子で、彼女は店名入りの大きな丼に頭を突っ込んでいた。
 「あなたたちの分、無いわよ」
 丼に顔を突っ込んだままで彼女は言った。
 「え・・・・・?」
 「食べちゃったわ」
 「マジ・・・・・でありますか?」
 「おなか減ってるなら、また注文してよね」
 「はぁ・・・・・」
 更に激しく箸を動かしつつ、しれっと答えるかえでの声に三人は目を丸くした。見れば、かえでの足元には既に空になった3つの丼が無造作に転がっている。
 当初、この4つの天ぷらそばは、かえでと薔薇組の三人に食事としてかえでが出前を注文したものだった。それが消えているというのならば、出前の到着後医務室に斧彦を迎えにる為に清流院と菊之介が席を外したスキに、かえでが全ての丼を平らげた事に他ならない。その中の一杯は斧彦用にそば三玉をあつらえた特注品であり、つまりかえでは都合6玉を一瞬で胃袋に収めた事となるのだ。もしそばを平らげたのがカンナだとすれば納得も出来る話なのだが、普段の食がそれほど多くないかえでによるこの過食ぶりは、かなり常軌を逸したものであると認識しなくてはならない。三人の胸を、何か嫌な予感が走り抜けた。
 「ご馳走じゃないけどご馳走様っ!!」
 そう言って食を終えた彼女は丼から顔を上げると、彼女はやや投げやりに箸と丼を足元に転がした。そして、まだもぐもぐと動いているその唇を手の甲で拭いつつ、16分割されたモニター画面に視線を向ける。各画面にはゲーム参加者の姿が常時映し出されており、参加者の現在の状況を報せている。現段階では織姫、グリシーヌ、エリカの三人がゲームから除外されたが、以降の離脱者はまだ出ていない。加えて、現在戦闘を行っている参加者もいなかった。
 それまで入り口に立ち尽くしていた三人だったは、とりあえずそれぞれの持ち場についた。今回の彼等はこのシミュレーションマシンのマシンオペレーターの役割も担っているのである。いくら雰囲気的に問題があるとはいえ、それを無視するわけにもいかないのだ。
 「今のところ、動きは無いようですね」
 菊之丞が恐る恐る言う。
 「そうねー・・・・・」
 そう言いながら、かえでは椅子の中で大きな背伸びを一つこしらえた。食べ疲れの体を労わっているのだろうか。何しろそば玉6個である。無理も無い。椅子の背もたれを大きくしならせながら、彼女は独り言のように喋り始めた。それを黙って聞いているわけにもいかず、三人は慎重に言葉を選びつつ、無難な相づちを打つ事にした。
 「まさか、織姫があんな形で消えるとはねー」
 「そうですね、意外でしたね」
 「グリシーヌもねぇ・・・・・もうちょっと頑張ってくれると思ったんだけどねぇ・・・・・」
 「相手がロベリアですからね、正攻法じゃ通用しなかったって事なんじゃないですか?」
 「エリカなんか、姿を見せないうちに終わっちゃうし・・・・・」
 「そうですよねー、エリカさんったら。はははは」
 「・・・・・」最後に乾いた笑で相づちを入れた清流院を、かえでは突き上げるような視線で睨みつけた。「ねぇ、琴音くん?」
 「はい?」
 「別に笑うほど可笑しくは無いわよ?」
 「・・・・・スミマセン」
 静かに、しかし強烈な叱責を受けて清流院はうなだれた。それ以降かえでが口を噤んだので、他の二人もそれ以上喋ることはなかった。
 
 
 
 重苦しい時間が、その重苦しさを増しながら過ぎていく。
 
 
 
 「っていうかぁー・・・・・」
 

 ついにその瞬間はやって来た。片手で髪をかき上げつつ、たっぷりと間を作ってから発せられたかえでの声。その下るようなイントネーションに、三人の肩がピクッと震えた。
 任務の特徴上、他の花組隊員よりもかえでとの付き合いが比較的長い薔薇組にとって、かえでが発した「っていうかぁー・・・・・」という言葉はただの接続詞ではない。
 この言葉はズバリ、かえでがキレる前触れなのである。この言葉の何秒後かには、家屋を紙細工の如くなぎ倒し、人を空中に放り上げ、後には雑草一本残さない、1000hPaを遥かに超える「かえでハリケーン」が上陸する事になっているのだ。
 「な・・・・・何でしょうか、副指令?」
 様子を見る為の返答をした清流院の声は微かに震えていた。今の彼の胸にあるのは絶対的な恐怖心だった。『過食の後にやってくるハリケーンは、それまでの観測史上最大の被害をもたらす』というジンクスが、今の彼をそうさせていた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 かえでの言葉を待っている他の二人もまた、清流院と同じ気持ちで押し黙っている。彼等の本能はこれから先に起こるであろう事態を既に察知し、この場からの脱出を全力で命令している。しかし今回、シミュレーションマシンのオペレーターとしての役割も任されている三人にはその選択肢は許されない。それぞれの背中を冷や汗が流れ落ちた。
 
 そしてついに、そのジンクスを伝説に書き換えるほどの勢いでかえでは怒りを露にした!
 
 
 

「なんだってまた

 こんなにシリアスに

 展開してるわけー!!??」
 
 
 
 ちゅどーん!! 
 口から飛び出した活字が地下施設全体を震わせた。ちゅどーん!!
 「何で!?何でなの!?全然面白く無いわよ!もっとギャラリーの事考えてゲームしなさいよって言ってんのよー!!」
 背中に稲妻を背負い吼えるかえでの姿は、この世を滅ぼす破壊神そのものの姿だった。見る限り、あのジンクスが成立していることは間違いない。
 「そ、そんな事を私に言われましても・・・・・」
 「別にあなたになんか言って無いわよっ!!」
 ガゴンッ!
 とっさに宥めに入った清流院のこめかみを、かえでの右腕が放った丼がシュート気味に直撃した。ガゴンッ!
 「し、しかしっ!彼女達にしてみればこれは真剣勝負な訳でして、そうなれば戦闘を含む全ての行動が慎重に、地味になっていくのは必然と・・・・・・」
 「何が真剣勝負よ!?何がガチンコよ!?あの娘達は何なの!?Uインターなの!?リングスなの!?前田明の生まれ変わりだって言うの!?闘うならもっと『魅せる闘い』を心掛けなさいよ!!」
 ドガシッ!
 怯え、震え、泣き、必死で状況を説明する斧彦だったが、かえでの全体重+ハイヒール(金属)によるフライングニールキックが顔面の正中線上に炸裂した。ドガシッ!
 「ガチンコだって言うんだったらね、せめてこんな事でもやって見せろって言ってんのよー!!!!」
 左左左右左!
 吹っ飛ばされて転がった床の上で必死に亀の子ガードを固める斧彦。その背中に馬乗りになったかえでが、斧彦の延髄に拳の雨を降らせる。右右右左右!!
 「あああぁっ!副指令!グローブの無い拳による後頭部への打撃は反則ですぅっっ!!!!」
 「反則ぅ?真剣勝負にそんなもんがある訳ないでしょー!?だから真剣勝負って言うんじゃないのー!?あんた達もあの娘達も、その辺が全然わかってないのよー!!!」
 かえでは一向に拳の動きを止めようとしない。その両腕に息を吹き返した清流院と菊之丞がしがみついた。それを般若の形相で振り払おうとするかえでの姿は、まさに大魔神そのもの。あの実姉である降魔殺女でさえ、号泣ダッシュで逃げ出だそうかという迫力である。
 「副指令、どうか御慈悲を!!!!」
 「離せっ!もう我慢がならん!!」
 「お、お許しくださいませ副指令殿ぉ〜!!」
 「ええい離さんか、この・・・・・!この・・・・・っ!オカマ共がぁあああああ!!!」
 ガスッ!ガスッ!ガスッ!!!!
 ドガガガガガガガガガガッッ!!!!
 炸裂!ローリングアッパーからの百烈真空とび膝蹴り!!
 すがる薔薇組の三人をもはやビジュアル的に表現不可能な必殺技で吹き飛ばし、かえではモニターの前に仁王立ちになった。床の上にはボロ雑巾と化した薔薇組が血溜まりの中に横たわっている。それぞれのダメージは相当に深刻であり、ギャグ小説でなければ死んでいる事は間違いないのだが、幸か不幸か、これは純然たる(そしてかなり捻じ曲がった)ギャグ小説である。やがて彼等の四肢はピクピクとという痙攣をみせ、ゆっくりと体を起こし始めた。
 「これを見なさい!」
 かえではそう叫ぶと、荒々しくモニターの切換スイッチを操作した。それまで映し出されていた16の疑似空間が消えると、モニターは全く意外な場所を映し出した。それは黒山の人だかりで埋め尽くされた、花やしき遊園地の映像だった。
 「今回のゲームにはね、これだけのギャラリーがいるのよ!!!あの娘達にはね、こいつ等全員を楽しませて帰してもらわなくっちゃ困るのよ!!!!」
 それを聞いた清流院がモニターに目を凝らすと、花やしきのほぼ中央に見慣れない物を見つけた。それは一辺が5メートルを超える巨大な立方体で、それぞれの面は巨大なモニター状になってるのだろうか、4面それぞれに何かが映し出されているようだ。どうやら花やしきを埋め尽くしている群集のお目当てというのは、これに映し出された映像を見る事らしい。皆一様に巨大なモニター画面を見つめているようだ。おそらく彼等はそれまでずっとそのようにしてモニターに釘付けになっていたのだろう。
 しかし今、そのモニターの前から去ろうとする人々がチラチラと出始めている。それらの客の間には共通点も何も無さそうだが、その顔は一様に不満げだった。
 「ま、まさか副指令・・・・・」この映像の意味にいち早く気付いた菊之丞が恐る恐る言った。「まさか、このシミュレーションの映像を花やしきに中継しているんじゃぁ・・・・・」
 「その通り!名目は『激!世界最強花組隊員決定戦バトルロワイアル』!!」
 ・・・・・。
 即答だった。
 「もしかして、入場料とか観覧料とか・・・・・」
 「一人2円!子供は半額!」
 またも即答。しかもエゲツない。
 「あの、屋台が何軒か出ているようですが・・・・・」
 「風組の三人が特設ブースにて限定ブロマイドと限定フィギュアと限定ポスターを販売中!」
 「あの、お幾らで・・・・・」
 「通常在庫を『ちょこ〜っと』改造したそれぞれを普段の倍値で販売中!!」
 やはり即答。しかもあざとい。滅茶苦茶あざとい。
 三人と一人の間に漂った沈黙の後、ついに清流院が最大の疑問を口にした。
 「な、何故!?」
 かえでは当然の如く一言で即答した。
 「新規の現金収入手段の開拓と確保!!以上!!!」
 ・・・・・。
 エゲツない。あざとい。そんな言葉では表現しきれないかえでの行動は、まさに太正の世に君臨した「ア○メイト」。おそらくそれらの収入はダイレクトに花組のものとなり、ひいては華撃団運営の資金となるのだろう。『手にある全ては金に変える』という凄まじき商売哲学に、薔薇組の三人は押し黙るより他はなかった。
 
 その時、司令室の無線電話が鳴り響いた。
 「はい、司令室。かえでです」
 『なんとかして下さい〜、かえでさん〜!!』
 かえでが受話器を取り上げた瞬間、受話器は悲痛な叫び声を上げた。受話器から離れた位置にいる薔薇組にまで聞えてくるその声は、明らかに風組隊員、榊原由里の声だった。
 『戦いはどうなったんですかっ!?今、モニターには何にも流れてませんよっ!?』
 絶叫と言っても良いその声に、かえでは受話器を耳からやや遠ざけた。どうやら向こうの状況はかなり切迫しているらしい。
 「あの娘達は只今かくれんぼの真っ最中よ。闘いどころか、鬼ごっこすら起こる気配は無いわ」
 『そんなの困りますよ!』
 「私だって困ってるわよ!」
 かえでの声も次第に大きくなっていった。内容が内容だけに、お互いがやけっぱちになっている。
 『もう、どうすればいいんですかぁ〜!?』由里の声は更に悲痛さを増していった。『お客さんが・・・・・お客さんが帰っちゃいますよ〜!!』
 「そんなの、あなた達でなんとかしなさい!」
 『なんとか出来る訳無いじゃないですか!!』
 「そっちはあんた達に任せたんだから、仕事だと思ってなんとかなさい!こっちも非常手段に打って出る事にするわ!」
 ガギャン!
 誤植ではなく、本当にそう聞えるような勢いでかえでは受話器を叩き付けた。呼吸と共に激しく上下している両肩が表しているのは、焦りなのか怒りなのか、あるいはその両方なのか。まぁ両方だわな。
 暫く何かを考え込んだ後、ついに何かを決意したかのように顔を上げると、かえでは清流院に向かって無線電話を投げつけこう叫んだ。
 「奴を呼べっ!」
 その声に薔薇組の三人は顔を見合わせた。そして、聞いてはいけないと思いつつも、彼等は決死の覚悟でこう尋ねた。
 「あの・・・・・『奴』って誰です?」
 
 
 
 「・・・・・」
 
 
 
 しばしの沈黙。
 そして・・・・・
 
 
 
 
 
「この話の流れで 
 
 『奴』って言ったら 

 紐育の『奴』しか

 いねーだろーがよっ!!!」

バキャッ!バキャッ!バキャッ!
ズパパパパパパパパパパパパパパン!!!!!


 炸裂!二段式ハイキックからの竜巻往復ビンタ!!
 


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帝劇には現金を!!

疑似空間にはラチェットを!!

悲しき薔薇組の三人には愛の手を!

待て、次週!!