ボクはレニ。
 今、李紅蘭と共に図書室に潜んでいる。

 この李紅蘭という女性はよくわからない。
 無論、彼女はボク共々帝國歌劇団のメンバーであるのだから、ボクの言う事は具体的に彼女が何者なのかという事ではない。
 理解しがたいという意味だ。
 
 彼女は舞台稽古のスケジュールが少しでも空くと、自室に引篭もっては何やら怪しげな機械の発明にあけくれている。しかし、それらの発明品が狙い通りの働きを見せることは非常に少ない。と言うよりは、ほとんど無い。おまけに、殆どの発明品には自爆センサーが与えられているようで、何らかの不具合が起きたら最後、「どかーん!」という、かなりシャレにならない規模の爆発が生じるのだ。ハンパなテロなぞ目では無い。先日などは彼女の自室の外壁が全て吹き飛んだのだ。自分が確認している限り、彼女の発明品の95%以上が黒煙と化している。いや、「自ら黒煙を吹き上げている」のだ。まぁ、本来の目的を果たせない場合には自決するというロジックはある意味で潔い。非常に日本人的であるという言い方もあるだろう(彼女は中国人だが)。
 そんな彼女が無差別爆破テロリストとして検挙される事無く帝國歌劇団に所属していられる理由は、彼女の存在価値が残り5%の発明品がもたらした数々の奇跡によって守られているからだ。
 彼女の発明が現在も帝國華撃団に配備されている対降魔人型蒸気・光武シリーズにもたらした功績はあまりにも大きい。彼女が発揮する技術力は霊力伝導の向上などという単純なチューンアップにとどまらない。驚くなかれ、新型機の基礎回路を設計するところからオペレーションシステムの開発に至るまで、一応は神崎重工と花やしきとのコラボレーションという発表がなされているが、それらの草案の殆どは彼女の手によって作られているのだ。
 だが霊子甲冑の開発の歴史を紐解けば、彼女が開祖的な存在位置に居る訳ではない事がわかるだろう。オリジナルは別にあった。本来ならば専門の教育期間をくぐりぬけた(少なくともそれは一つではない)技術者だけが携わる事を許される研究に彼女が関係できたのは、ひとえに彼女の応用力がズバ抜けて高かったからに他ならない。
 応用力=『基礎概念を自分の中に取り入れ、それを自分の知識と技術で再度創造・生産する力』。要は発想の問題なのだ。彼女はまさしく「紅蘭的発想」とも言うべき技で数々の問題を瞬く間に解決し、行き詰まりを感じ始めていた当時の開発者の中には彼女を救世主と崇める者さえいた。確かに、その辺の科学者がどれだけ輪廻転生を繰り返そうと、彼女の発想にはたどり着く事は出来ないだろう。つまり、彼女の頭の中はそれだけ規格外、紅蘭らしい言葉で言えばぶっ飛んでいるのだ。 まぁ、そのぶっ飛んだアイディアによって花やしきの屋根が何度ぶっ飛ばされたのかは、昨年あたりから数える事を止めてしまったので定かではない。
 
 
 
 
 ボクはここにいる。
 ボクが手にしている彼女の発明品が、残り5%の仲間入りを果たすと信じて。
 それを信じて、ボクはここにいる───
 
 
 
 
 「さっきから、何をブツクサ言っちょるん?」
 聞えてきた声に顔を上げると、紅蘭がレニから見て右側の本棚の影から首だけを出してこっちを見ていた。黙って考えていたつもりだったが、どうやら口に出ていたらしい。レニはとりあえず首を横に振り、なんでもないというゼスチャアを紅蘭に送った。こけしよろしく突き出た首がすぐに引っ込んだところを見ると、どうやらまともには聞えていなかったらしい。
 腕に嵌められた例のブレスレット以外には何の装備品も持たないレニの姿はいたって普通通りで、その服装すら普段着のままだった。だが、彼女の中にも勝利への執着はある。見かけによらず素手での格闘術を体得し、反射神経については超人的とさえ言える彼女にとって、この通常の状態こそが最上級の戦闘態勢なのだ。何の気なしに背後から彼女に近寄り、宙を舞う羽目になった人間は帝劇内には数多い。その手さばき体さばきは芸術的とも呼べ、それでいてはたで見ているものを圧倒するパワーがあった。レニの背後にどれだけ近づく事ができるかという罰ゲームがあったほどである。ちなみに発案者は加山だ。
 一方の紅蘭はというと、この部屋に陣取って以来ずっと発明品の最終調整作業に追われていた。無論それは彼女が持ち込んだ装備品であり、この戦いを勝ち抜くためのに作られたスペシャル・ウェポンに他ならない。耐火耐熱防塵仕様のチャイナドレスに身を包み、指先に油をしみこませながら0.01ミリ単位の調整を繰り返す姿は真剣そのもので、この発明品にかける彼女の意気込みと期待感が見て取れる。
 「よっしゃ、終わったで!」
 最後のパネルをしっかりとネジ止めし、紅蘭は手に持っていたドライバーを投げ捨てた。カランカラーンと乾いた音が図書室に響くと、レニは立てた人差し指をそっと口元に持っていき、呟いた。
 「ここは図書室・・・・・静かに」
 そう言われると返す言葉が無い。何しろここは二人の作戦司令本部であり、隠れ場所でもあるのだ。紅蘭は「へいへい、わかりましたよー」といった感じで首をすくめると、それまでレニにまかせっきりだった簡易モニターをレニの頭の後ろから覗き込んだ。
 紅蘭は帝劇の施設のいたるところに盗聴器と超小型CCDカメラを仕掛けていた。普段ならばそれらの配線は全て紅蘭の自室で纏められており、映像と音声は全て外装の記録媒体に集められていた。狙いはもちろん、大神の行動の記録である。大神自身も大分前からこのカメラの存在には気付いていたようで、夜の見回りの際には何台かのカメラが彼の手によって撤去されてしまうのだが、それでも一晩のうちに全てが撤去される事は少なかった。それに彼女は次の朝になると、撤去されたカメラが担当していた箇所を別なアングルで捉えられるよう、すぐさま新しいカメラを設置するのである。いたちごっこの勝負は、今のところはまだ紅蘭に分があった。
 「おー、おー。皆さん一生懸命動いとるなー」
 9分割された10インチモニターの中を蟻のように蠢く華撃団のメンバー達。それを見て、紅蘭は満足そうに頷いた。しかしその微笑みは、人知れず全員の動きを把握している優越感に浸っているというよりも、カメラの性能とそれを作り出した自分の才能へ送られたもののように見える。どちらにしてもいささか邪だ。レニは紅蘭の顔をチラリと見た後、そんな感想を思い浮かべた。
 それはさておき、他の隊員達の動きはここに来てがぜん忙しくなった。先刻のかえでによる放送が彼女達をそうさせているのだろう。無論、かえでの放送は自分達が図書室にいる事も公表してしまっているので、いつまでもここにいる事は出来ない。モニターを見る限り図書室に近寄ってきているメンバーは居ないが、いずれは誰かが踏み込んでくるだろう。調整が終わったというのなら、出来るだけ早くここを離れなくてはならないのだが・・・・・
 「ほんならレニはん、操縦たのみまっせー!」
 レニの心境を知るはずも無い紅蘭は、レニの方をポンポンと叩くと菓子箱程の大きさのある装置を手渡した。いたるところに大量のレバーとツマミとスイッチが配置されており、一見してコントローラーである事がわかる。金属製でどっしりとした重量感があり、首からぶら下げる為のストラップが付いていた。言われるままに首を通してみると、なんだか街頭募金のように見える。
 「ホントにこれで上手くいくの?」
 レニが訪ねた。あきらかに不安からの一言だ。実は二回目となるこの言葉が最初に飛びだしたのは、二人がこの図書室で最初の起動実験を行った時だった。コントローラーの操作法を習ったレニが操作レバーを動かしたとたん、発明品は煙を吐いてフリーズしたのだ。
 「さっきはもう少しで爆発するところだったじゃないか」
 そうレニが言うと、紅蘭はオサゲ髪をびゅんびゅん振りまわして抗議した。
 「何を言うか、あれは爆発の煙じゃなくて煙幕!この対人戦闘ロボットは新型のちびロボを改造してつくってあんねん!ってことは、いろんな装備が盛りだくさんのテンコモリに詰め込んである訳なんよ!対人ミサイルにトリモチランチャー。ウチの光武の視聴覚センサーを組み込み、チビロボ出身とは思えん繊細な作業もラクラクOK!卵だって柔らかにスムーズに優しく掴みまっせー!外装にいたっては防水、防塵、耐火は当たり前!装甲は全てマグネットコーティング済みや!宇宙にだって持ちこみ可能!大気圏でも怖いもの無し!そんなウチのロボットが、そうそう爆発してたまりますかっての!」
 弁解を求めたはずがいつのまにか自慢話に切り替わっている。
 大気圏でも怖いもの無し?地表近くでも燃え尽きるくせによく言うよ。レニはそれだけの意味を込めながら、眉間に0,5ミリの縦皺を寄せた。もちろん紅蘭は気付かない。
 「何の前触れも無くって、そんな事で別のスイッチが作動してたらどうするつもりだったの?」
 「それはそれや。実験やったと思えばええやないの『ケースバイケース』ってやっちゃ」
 ケースバイケースという言葉の利用方がいささか不適切に思われますが、その辺いかがお考えでしょうか?0.5ミリの縦皺が1ミリ程に長さを変えた。
 「・・・・・この上なく心配になってきた」
 「だーいじゃうぶ!まーかして!」
 「その自信の根拠に不安がある」
 「この発明を機にウチを博士と呼んでくれてもかわまんぞえ?定冠詞をつけてザ・紅蘭でもかまいまへんが?」
 対して紅蘭は奇妙なイントネーションと卑しいフィンガージェスチャーをまじえて自信の程を語ってみせる。それを見たレニは少し眉をしかめ、全く別の心配事を口にした。
 「昭和ネタはもうやめたほうがいいと思うけど・・・・・」
 「レニはん、それはウチに対する挑戦やな?」
 フィンガージェスチャーは2本に増えた。
 「……もういい」
 少年サンデー街道まっしぐらな紅蘭とのそれ以上の対話が不可能と判断したレニは、首からぶら下げたコントローラーの起動スイッチをONにした。金属製でそれなりの重量のある機械の中でファンが回転するノイズが聞こえ始め、色とりどりの発光ダイオードがネオンサインよろしく瞬くと、本棚の後ろの影の方からも低い機械の唸り声が上がった。どうやら起動は成功したらしい。一応は。
 「おー、動いた動いた!」
 本棚の後ろに駆け寄った紅蘭が、己の発明の成果を見て歓声を上げる。それを聞いてレニは再び不安になった動いたくらいで驚かれても困まりますよ、博士。発明者でしょ?
 そんなレニの心の声が紅蘭に聞こえるはずも無く、紅蘭は一人で笑い、はしゃぎまくっていた。
 「いくでぇ、レニはん!ウチの発明品は世界一や!レニはんにも他の奴等にも、ごっついところみしたるわ!動かし方はわかっとんな!?こっちが前進こっちが後退、ほんでこいつが対人ミサイルで……」
 「全て了解済みだよ」
 レニはきっぱりとそう言って、上がりまくったテンションに踊らされている紅蘭を軽くいなした。紅蘭がせっせと調整を繰り返している間、レニは紅蘭が作ってくれた操作マニュアルを熟読し、操作の全てを頭に叩きこんでいた。いくつかのバグと隠しコマンドすらも発見済みだった。今となっては紅蘭よりも巧く動かす自信があった。
 「ほな、いきまっせー!ウチは学界に復習してやるんじゃー!!」 
 「学校行って無いじゃなかったの?博士・・・・・」
 マッドサイエンティストと優秀な助手という、ある種の定石を感じさせる雰囲気を生み出しつつ、二人はついに図書室のドアを開けた。
 
 
 
 
 
 遊戯室を抜け出し、慎重に歩を進めていた花火とコクリコは、今は隊長室の前にいた。一時は屋根裏部屋での潜伏も考えたのだが、熟考の末にその選択肢は棄てた。縦横に太いはりが走る屋根裏は確かに身を隠すにはいい場所かもしれないが、遮蔽物の多い空間は逆に花火の武装を不利にする可能性がある。それに、確かに屋根裏に上がる階段は一つだけだが、他の部屋の天井を外されて入ってこられる可能性も無い訳ではない。もしそうなったとしたら、虚を突かれるのはこちらの方である。
 そこで花火は考えた。コクリコと共に遊戯室、隊長室、福祉令室を結ぶ廊下を占拠し、その廊下と壁のいたるところに用意できる限りの、ありとあらゆるブービートラップを仕掛けたのだ。その後彼女等は罠を仕掛けた廊下の中央に立つ事にした。潜伏するのではなく、自分達の周りにバリケードを張り巡らす事にしたのである。
 「・・・・・これでよろしいですわね、コクリコ」
 背の矢筒から矢を取り出して構えを作りながら、花火は自分を背に立つコクリコに向かって言った。トラップを仕掛けた廊下の中央に立つ二人は互いに背を合わせて逆の方向を向き、侵入者に備えている。隊長室と副司令室に誰も居ない事は既に調査済みだったし、二人の立っている位置はそれぞれのドアから少し離れている。つまり、二人に接触しようという者は誰であろうこの廊下を通らねばならない事になる。
 「大丈夫だよ、花火。ボクは仕掛けに失敗したりしないよ。紅蘭じゃないからね」
 仕掛けの大部分をこしらえたコクリコは、そう言って胸を張った。花火のように飛び道具を持ってはいないが、愛用のマジカルステッキを槍のように構えている。なかなかに頼もしい姿だ。
 「あーあ・・・・・これがステージだったらお客さんも大喜び間違いなしなんだけどなぁ」
 自分が作った仕掛けの素晴らしさを公表できないのがよほど悔しいのか、コクリコはそう言うと花火の背後で大きなため息を作った。もしかしたらこのトラップ作りには、コクリコの手品の技術が応用されているのかもしれない、と花火は思った。コクリコの手品にはあらゆるバリエーションがあり、常にシャノワールに集まる客たちの目を欺き、楽しませている。彼女が廊下に、壁に、そして天井にもその手品のトリックを惜しみなくつぎ込んだとするならば、その仕掛けは間違いなく、しかも壮大に罠としての効果を発揮するだろう。手品の基本は人の目を欺く事。人の目を欺く事は罠の基本なのだから。そう思うと花火は何故だか楽しくなり、この非常時にもかかわらず微笑を漏らした。
 その時だった。
 「───静かに!」
 花火の声の印象が変わり、コクリコの顔にも緊張が走った。
 「誰かが来る!」
 「ホントだ!階段からかな!?」
 花火は応えなかった。今は影になっていて見えないが、侵入者の気配は階段のさらに向こう、図書室の方から漂ってくる。あと1メートルも近づいてくればその顔が明らかになり、コクリコにも相手の顔を確認できるだろう。相手には既にこちらの姿は見えているはずだ。
 あと、50センチ・・・・・!
 
 
 10センチ・・・・・!
 
 
 5センチ・・・・・影が切れた!
 
 
 そこで彼女が見たものは───
 
 
 
 
 「花火!あれ、レニだよ!!」 
 
 
 【残り10人】


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帝撃の科学力は世界一ィィィィィ!?

博士の回は途中で終わるのがお約束!

しょーがないじゃん、時間切れ!

待て、次回!