紅蘭は上機嫌だった。壁一面を埋め尽くすモニターを眺めつつ、遠隔操作用のコントローラーをいじりながら、顔一面に浮かぶにやにや笑いを堪えることは出来なかった。
 「へっへーん (^^)」
 笑いの後ろに絵文字が浮かぶ。自分のアンドロイドを作り出し、レニと組ませる作戦は上々の内に終わった。そのために作り出したレニ型アンドロイドも、いい仕事をしてくれた。レニ型アンドロイドがコクリコとカンナを始末するという目もあったのだが、ここは満足しておくべきだろう。まともに戦えば苦戦するはずのレニと花火を、手を下さずしてリタイヤに追い込んだのである。
 「さーて、お次は誰に逝ってもらいまひょか♪」
 かえでによる最初のアナウンス直後から、紅蘭は自室に篭っていた。帝劇中に設置してある隠しカメラが、彼女に全員の所在と行動を知らせていた。もっとも、かえでによるアナウンスがあるので、これに関しては彼女が特別優勢に立っているわけではない。だが現在、偽者を利用した完全な篭城作戦を構築しつつある紅蘭にとって、自分の所在が知れた事などは、もはやどうでもいいことにすぎなかった。相手側にしてみれば、自室にいるはずの人間が突然別の場所に現れたとしたら、それは脅威以外の何物でもないだろう。しかもその戦う相手は、ブレスレットをつけていない偽者なのだ。
 
 「ウチのー♪大神はん♪
  ○○って△△って
  娘々にゃにゃん♪
  にゃんにゃん娘々♪」

 
 緊張感無く、替え歌としての完成度は高いが多少倫理観に問題のありそうな鼻歌を歌いながら、紅蘭がモニターのダイヤルを素早く調節する。すると、地下射撃場を映し出しているモニターが、一人の人物の姿をとらえた。
 「・・・・・・マリアはんやないか」
 見れば、地下射撃場のシューティングレンジの中に、マリアが普段の様子で立っていた。黒いコートに身を包み、右手にはエンフィールドが握られている。
 「あの人、何しとるんや・・・・・・?」
 紅蘭は思わず呟き、かえでによるアナウンスを思い出した。記憶違いでないのならば、アナウンスはマリアが地下射撃場にいることを明確に伝えていたはずだ。それからかなり時間が経過しているにもかかわらず、マリアが未だにその場所に止まっていることを、紅蘭は不思議に思った。自分のように篭城作戦を企てているのでなければ、アナウンスによる情報の公開は命取りになりかねない。それがわからない訳でもないだろうが、モニターの中のマリアは、それまでと同じように、全く戦うそぶりを見せていなかった。そのつもりさえ無いかに思えた。
 ふん、と紅蘭は鼻を鳴らした。戦うつもりが無いのであればそれでいい。決着が早くなり、自分の勝率が上がる。
 そのときである。
 「?」
 やおらマリアがエンフィールドを持ち上げ、空のシリンダーに弾丸を込め始めた。いつもどおりの小さな弾丸である。特別な細工があるとは思えなかった。
 マリアの武器は、あのエンフィールドなのだろう。紅蘭は思わず安堵の息を漏らした。花組隊員全員を比較した場合、時にコントロールを失いがちなアイリスを差置けば、マリアの霊力の高さは1、2を争う。特に、常に安定した力を発揮できるというトータルバランスにおいては、マリアにかなう者はいないだろう。そんなマリアの霊力が三倍にでもなったら、もともと霊力の低い自分などひとたまりも無いだろうと紅蘭は心配していたのだが、マリアがエンフィールドに頼って戦いを進めていくつもりがあるのならば、勝算はあるように思えた。何しろ、紅蘭が自分の作ったアンドロイドはマグネットコーティング済み(自称)。レニ型はカンナの蹴りに耐えられる程度だったが、自分型は光武の一撃にさえ耐えうる剛性を持っていた。多少の改造が加えられた拳銃程度ではヒビにも傷にもならないだろう。紅蘭の頬に、再び余裕の笑みが広がった。
 パチン、とシリンダーが戻る音を立てて、マリアが弾丸の装填を終えた。そしてゆっくりと優雅にさえ思える仕草で、レンジの奥にある的に狙いを絞った。細く長い指がトリガーを引き絞り、マリアの瞳が金髪の奥でキラリと光った。
 
 
 「ズドグァォン!」
 
 
 響き渡った銃声は、荒木比呂彦も裸足で逃げ出すような音がした。
 
 
 「バゴグシャビガーンッ!!」
 
 
 着弾音は、岩鬼のホームランがバントに思えるほどに鳴り響いた。
 「な、な・・・・・・なんじゃそりゃぁ!?」
 着弾の衝撃が射撃場内を揺らしているらしい。モニターの映像が激しく乱れた。飛散した破片が隠しマイクを破壊した。もうもうと立ち込めた爆煙が収まると、信じられない光景が写りこんできた。シューティングレンジの奥、いつもなら人体を模したターゲットが設置されているべき空間には、ターゲットはおろかその後ろにあるべき壁さえも消失していた。おそらくプログラムの許容範囲を超えたのだろう。空間はとろけたような歪みを見せ、凄まじいプラズマが空中を漂っていた。
 その時、マリアがカメラを見上げた。それまで全く行動のそぶりを見せず、周囲を意識することも無かったマリアは、今はっきりと、カメラの奥、紅蘭の姿をとらえようとしていた。ぞっとするような冷たい目だった。思わず紅蘭はその目を見入った。逃れることは出来なかった。
 乱れ、無音となったモニターの中、マリアの唇が動いた。
 
 
  さ
 
 
  よ
 
 
  な
 
 
  ら
 
 

 
マリアの唇の動きはなめらかだった。そしてそれらの動きを全て読み取ったとき、紅蘭の背中を恐怖が這い上がってきた。マリアがカメラに向かって発砲した。映像は一瞬で消えうせ、逆流したエネルギーがモニターを破壊した。天井さえも打ち抜いたのだろう、猛烈な振動が紅蘭の自室にまで響き伝わってきた。
 今何が起こりつつあるのかを、紅蘭は即座に理解した。
 「やばい!やばいやばい!やばいやばいやばいやばいで〜!」
 恐怖のあまりに舌がもつれたが、口に出さずにはいられなかった。紅蘭は自分型アンドロイドのリモコンを探り寄せると、大慌てで室内を物色した。彼女は今よりも強力な武器を探さなくてはならなかった。それも大至急にだ。だが彼女が最も探すべきは、ここから逃げる手段かもしれなかった。二度目の衝撃波が彼女と彼女の部屋を襲った。もはや篭城を後悔する時間さえ残されてはいなかった。
 「うひゃぁ!?」
 よろめいて転んだ足元、ほんの数センチ先の床が吹き飛んだ。ゴルフボール大の穴が開いていた──地下室から続く穴が。そう思うだけで紅蘭の頭はパニックに陥った。穴そのものが銃口にさえ見えた。その銃口がさらに火を噴き、部屋の床は紅蘭のいる部分を残しつつ半分方無くなった。手から離れたリモコンが、吹き上がった炎にあおられて一瞬で塵と消えた。
 「ひぃぃ・・・・・・」
 大きく開けられた穴に、部屋中に配置されていた演算機が落下していった。これが現実世界なら、紅蘭を再起不能に追い詰めるには十分だっただろう。だが紅蘭の意識は途切れなかった。紅蘭は無念の涙を流した。何故このゲームにはギブアップが無いんだ?もう十分だ。もうたくさんだ。こんなに恐ろしい思いをするのはたくさんだ。ギブアップ!ギブアップ!!
 「ひぃ・・・・・・ひぃ・・・・・・ひぃ・・・・・・」
 自分の喉が悲鳴をあげているというのに、紅蘭はそのことに気付かなかった。打ち抜かれた床は、地下射撃場が覗いて見えた。マリアがシューティングレンジに立っていた。上を向いたままのエンフィールドは6連発のリボルバー銃だ。弾が残っていることはわかっている。唇が動いていた。
 「さよなら、紅蘭」
 「かんにんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 マリアの声が紅蘭の悲鳴を通り抜けて耳に届いた。四度目の衝撃波が彼女の部屋を貫き、爆音と炎とプラズマが、紅蘭と紅蘭以外の全てを消し去った。
 
 
 マリアは、貫通した二つの天井がゆっくりと修復を見せる様を、地下射撃場から見上げていた。銃がもぎ取られるような反動で痺れていた腕が回復するのを待っていた。
 「・・・・・・上々ね」
 エンフィールドがもたらした結果に、ごくごく短い感想を付け加え、マリアは開放したシリンダーに弾丸を再装填した。
 マリアは思った。自分の霊力は3倍に高められた。それは全員が同じだ。カンナの腕力は規格外に膨れ上がっているだろうし、アイリスの爆発力はもはや従来の防御が及ぶところではないだろう。だが、不恰好に一部分が突出した輩に何が出来る?機械を使った小細工にたよる輩に何が出来る?トータルバランスに優れ、常に平均値以上のポテンシャルを発揮できるのは私だけ。エンフィールドと弾丸に霊力を込め、増幅させて打ち放てるのは私だけ──勝つのは私だ。
 ──ジャラリ。
 マリアは射撃場内にある私用のガンロッカーを開けた。そこには無数の弾丸と、もう一丁のエンフィールドがあった。両手にエンフィールドを握ったとき、彼女は思わず言葉を口にしていた。
 「私は最も優れた霊力の持ち主だ」
 口にしてからその言葉の意味に気付き、彼女の口元に笑みが浮かんだ。夜叉の宿った微笑みだった。
 「勝つのは私だ!」
 勝ち名乗りの後、黒いコートと闘気をたなびかせつつ、マリアは射撃場を後にした。
 
 
 【残り7人】
 李紅蘭  ─再起不能─


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さぁ、真打がやってきた!
 
これでようやく全員登場!
 
更新1年ぶり!
 
待て、来世!<ヲイ