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どれだけの時間が経過したのだろう。一分か、十分か。あるいはそれ以上か。
もしかしたら、時間など経過していないのかもしれない。いや、時間の流れを感じないと言えば感覚に近い説明になるのだろうか。あらゆる物が止まって見える。この場にあるもの全ての物が・・・・・いや、この場だけとは限らない。外を歩く人々は上げた片足を下ろす瞬間に、道を行く蒸気自動車はクラクションを鳴らす運転席の男の憎々しげな表情すらその一部として、空を飛ぶ鳥も翼を広げて空中に浮いたまま・・・・・・あらゆる全ての物体がその場で止まっている様に思える。それは隣にある出窓を開けば判るだろう。そうすれば今想像した物の全てがそこにあるはずだ。
しかし、それは出来ない。歩けないのだ。無理も無い。自分もその『止まってしまった世界』の中の一人なのだから。
「おい、加山?」
・・・・・この状態はどれだけ続くのだろう。判らない。
ただし、一つ確かな事がある。時が再び動き出し、流れ始めた時、その流れ行く方向にはあるべきものがないという事。それは全ての物体・物質の終着点。生命にとっては常に辿る道であり、人にとっては存在理由そのものでもある。
『未来』。
だから、もしその瞬間が来たとするならば、我々は覚悟を決めなくてはならない。それは未来の無い世界への旅立ちなのだから。
「おい、どうした加山?固まっちまったのか」
その状況は20階建てのビルの屋上から飛び降りるのと殆ど変わらない。一瞬の自由の後には100%の死が待ち受けているのだ。『絶対』という、ありきたりだが在り得ない言葉がその瞬間には存在する。そして、それは世界が再び動き出した瞬間から全てのもの・・・・・・
「目を覚ませ加山!」
「んぐわっ!?」
・・・・・・を飲み込むだろう。
固まっていたところを大神に思いっきりど突かれて、加山の硬直はようやく解けた。どうやら世界が止まっていた時間は意外と短く、、そして意外と早く世界は再び動き出したらしい。
「まったく・・・・・柄にもなく文学的に悩んだりするから、固まっちまうんだぞ」
「・・・・・・」
硬直が解けても、加山に言葉は無かった。無理も無い。それほど大神の言葉が予想を逸していたのだ。まさか、本当にあの言葉が返ってこようとは。
もしかしたら大神には、先に述べたとおり花組の隊員の持つ兵力としてのパフォーマンスを重視し、その事についてのみ彼女等と関係を持ち、管理統括しているのかもしれない。だが、花も恥らう乙女の園にありながら、彼女等との会話の一語一句にまでそれを意識し続けるなど一体誰が信じられようか。はっちゃけ幼児系からアンニュイお姉さま系まであらゆるジャンルを網羅するこの大帝國劇場(別称『萌えの館』)において、大神のそのは自然の摂理逆らうに等しい暴挙なのだった。
加山はもとの席に座りなおすと、ぱんぱんと両手で自分の頬を叩いた。こうなったら、全部聞き出してやる。そう覚悟を決めた加山はゴクリと唾を飲み込むと、再び体を乗り出した
「大神よ!」
「お、おう?」
「貴様、花組の娘達は恋愛対象に無いと言ったな!」
「ああ」
「・・・・・えっと・・・・・」
一度明らかになっているとはいえ、ここまであっさり肯定されると逆にカウンターを食らった気分になるものだ。
だが加山は食い下がる姿勢を崩さない。偉いぞ加山。
「ならば聞こう!貴様は黒ノ巣会との戦いから平和を取り戻した後、何処で誰と何をしていた!?」
「別にぃ・・・・・・カンナと沖縄に泳ぎに行っただけだ」
「その理由を述べよ!」
「東京で泳ぐには季節がまだ早かったからだ」
まずは軽いジャブのお返しが帰ってきた。でもけっこう痛いぞ。
しかし戦いはまだまだ序盤。これくらいでヘコんではいられない。
いけいけ加山!ボディー!アッパー!ネコパンチ!
「ならば、黒鬼会の後はどうした!お前はそのときも誰かと何かしてただろう!?」
「レニと夏祭りで金魚すくいしただけだ。まぁ、時期的に戦いの直ぐ後って訳じゃないがな」
「その理由を述べよ!」
「別にぃ・・・・・だいたい、この歳で夏祭りなんか行きたいとも思わないよ」
「じゃあ何故行った?なおさら答えろ!」
「早い話が、経理のかすみさんの手伝いからのスケープゴートだ。タイミングよく部屋に来てくれたしな」
・・・・・・耐えろ加山。踏ん張れ加山。
君は風車だ。荒れ狂う風の中でさらに激しく回転する風車になるんだ。
「風車は強い風を受けてこそ勢いよく回る」という、ブラジル帰りの顎ながおじさんの言葉を思い出すんだ!
「な、ならば戦いが始まる前に貴様を迎えに行ったのは、誰だ?」
「マリア」
「・・・・・・・・何故!?」
「後半になっても隊員の戦力バランスが取れるようにしたまでだ」
・・・・・戦闘時のバランス?バランスだと?
お前の脳回路は「ファミ通」に編集されたのか?それとも「電撃」か?「○カツ」か?
もう少しセーブデータに愛着を持っても罰は当たらんだろうが。
「じゃ、じゃぁ巴里ではどうだ!お前は巴里に行ったろう!?」
「判りきったことを聞くな。お前も来ただろうが」
「黙れ!別れ際、誰から手紙を貰った!?」
「グリシーヌだが?」
「それは何故だ!?」
「貰った俺が知る訳が無かろう!手紙を出した本人に聞け!」
・・・・・DM?それってDM?
半年間活動を共にして、別れ際に手渡したのが、DMだとでもいうのか?
だ〜いれくとめ〜る・ふろむ・しゃの〜わ〜る♪<by平尾昌晃
「じゃぁコレが最後だ!!聞け大神!!」
「いい加減うるさいな!何でもいいから早く言えよ!」
「貴様!大久保長安との戦いの後は誰と・・・・・・・」
「大久保長安って、誰?」
「・・・・・・」
SSに年表上の特別な時間設定が必要な場合は
SSの冒頭にて自然且つ判りやすく表示しましょう
(by太正長編読本会規より抜粋)
ついに、加山は言葉を失った。彼の精神は大神によって完全にKOされていた。しかもTKO。さらにレフェリー&ドクターストップ。もはやどうしようもないほどボロボロになっていた。
加山は何もする事が無くなった。怒鳴り散らした後なのでやけに喉が渇いていたが、湯飲みを取ろうともしなかった。さっきまで飲んでいた出がらしの茶も、もう何の色も出さなくなっていたからだ。
「俺だってね、根っからあっさり付き合ってる訳じゃないの」
加山の最後の質問からかなりの時間が経過し、その間は二人とも茶をすする事も無く、いかんともしがたい時間が流れるばかりであったが、先に沈黙を破ったのは大神であった。
「なら、どういう意味合いなんだ?」
加山も再び視線を上げた。
「どうもこうも、どうにもならんのだ。しかた無いんだよ。」大神は懐に手を入れてタバコを探り当てると、一本振り出した。「彼女達は戦力だ。俺はその管理者で、それにまつわる義務と責任はことのほか重い。それは全てに優先する事であり、俺の感情が入り込む隙間は無い。それに気づいた時から、俺は彼女達に特別な感情を持つ事を止めた」
煙と共に吐き出された言葉が、気だるそうに空中を漂った。
「そうか」
「そうだ」
「つまらないか?」
「いや」
「じゃぁ・・・・・つらいか?」
「慣れるものさ。任務だからな」
いつの間にか、加山もタバコを口に咥えていた。
大神は別に感情に疎い訳でも、無機質な人間関係に甘んじていたのではなかったのだ。むしろ、任務を優先する為に恋愛感情を押さえつけた日々を過ごしてきたのだろう。先ほど大神が言った言葉も、大神の本心ではないのかも知れない。そう思っていなくてはやり切れないのかもしれない。
加山は大神が吐き出す薄い煙を見ながら、なんとも申し訳ない気持ちになった。大神はチラリと加山を横目で見た後、言った。
「でも」
「なんだ?」
「バレンタインの季節は、少しつらいな」
加山はそれを聞いて、毎年のバレンタインデーの大神の様子を直ちに思い出した。きっかり隊員の人数分の、大小様々なチョコレートが朝から部屋に届けられる。言っておくが「大小様々」というのはあくまでも言葉のあやであり、大きい物では何かの記念碑を思わせる程の規模を持ち、小さい物でも実寸20cm以下のチョコレートは存在しない。チョコレートは帝劇内からはもちろん、ごていねいにエアメールでも送られてくる。それらのチョコレートはもちろん全員が全員「勝負チョコ」であるので、大神はそれを全部食わねばならぬ。しかもその日の内に、だ。いくら平和の為とはいえ、大神もその日だけは胃の痛い思いを隠しきれないのだった。それは言葉の通りの意味でもある。
全てが世界の平和の為。まったく頭が下がる。
「あれがせめて一つだけなら・・・・・」
大神は薄い笑いを浮かべて加山を見た。
「一つだけなら、なんだ?」
「俺も、もう一度本気になるかもしれないんだがな」
「・・・・・なるほどね」
二人は互いにタバコをもみ消して席を立ち、その場を締めくくった。
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