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それから加山と大神の二人は、その場を移すべく席を立った。茶も既に無くなり、せんべいも残り少ない。だが隊長室には茶筒が常備してあるのでそれだけでもここにいるよりはマシだろう、という判断らしい。暫くの間歩きながら、さらにせんべいをかじりながらの会話が続いた。
「しかしな、大神」
「何だ?」
「今の話、他に聞こえたんじゃ正直マズイんじゃないのか?」
考えてみれば、ここは帝國歌劇場。れっきとした軍管轄の組織でもあり、さらにはこの敷地内の全てがマッド・エンジニア李紅蘭のテリトリーである。もしかしたら盗聴器や盗撮装置の一つや二つが備え付けられているかもしれない。しかし大神は加山の危惧を一笑に臥した。
「俺が何の為に毎日一人で夜の見回りをやってると思ってるんだ?」
・・・・・なるほど。『敵も然るもの、ひっかくもの』とはこの事か。
「でも仮に、本当に聞かれちまっとしたら、お前どうする?」
「いや、どうって言われてもな・・・・・・」
そんな話をしながら二人が隊長室の扉をくぐり、ドアが閉じた瞬間、事件が起こった。大神も、加山も、食べかけのせんべいも、そして帝劇も。全てが一瞬の砂嵐に包まれた後、忽然と姿を消したのである。
世界が動き出したのだ。
かえではリモコンのスイッチから手を離した。だが、その視線は砂嵐のヒスノイズを放つスピーカーに未だ注がれたままだ。
「面白い話だわね」かえでは、サイドテーブルからティーポットを持ち上げた。「興味深い、と言うべきかしら?」
紅蘭がほんの暇つぶしに超小型無線式音声記録装置を開発したのが数日前。外装する記録媒体に無線で信号を送り、装置そのものを機能別に分離する事によって今までに無い小型化を目指したまではよかったものの、いざ完成してみれば使い道が無い。帝劇で使えるアイディアが無いならば花やしきに譲り渡しても良いのだが、何か良い知恵は無いだろうか・・・・・と言うので、モニターも兼ねてかえでが預かったのである。だが結局何も思いつかず、かえではとりあえず有効無線範囲を調べるためにそれをサロンにセッティングした。そして記録媒体の限界容量を知るために、入力される情報全てを記録させたのである。他人の行動を無差別に記録する事についてはいささかの抵抗があったが、かえではこの行動が動作テストである事を強く意識しする事にした。どうせ数時間以内の話なのだから、とも。
だが意外にも、この紅蘭の発明品は抜群の性能を発揮した。壁の漆喰に埋め込まれた無線マイクからの音声は極めて明瞭で、話す者の言葉どころか舌打ちさえも明瞭に採取していた。そして肝心の記録媒体は爆発どころか一秒も停止することなく48時間以上のの連続稼動を成し遂げたのだ。
実験の終了後、かえではデータを再生するために深夜一人で作戦司令室の再生装置にカメラを繋いだ。そして”再生”のスイッチを押した瞬間、突如聞こえてきたのが”これ”である。
「さて」
カップに注いだ紅茶を飲みながら、かえでは考えた。この記録をどうすべきか?あらゆる事情を含んだ複雑な状況にもかかわらず、彼女が答えを出すのにはそれほど時間はかからなかった。ためらう事無く電話の受話器を取ると、短縮ダイヤルスイッチを押した。2.3回のコール音の後、相手が出る。
『こちら、花やしき”トクソー”。風間です』
「あら、小次郎君?相変わらず研究所に引きこもってるの?」
『その声・・・・・ふ、藤枝副指令でありますか!?』
帝國華撃団において、かえでが直接管理する部署は多い。花やしき支部に所属する『特殊装備開発研究課(通称トクソー)』もその一つだ。少数精鋭で構成される彼らの主な任務は霊子甲冑の開発と整備されているが、彼らの役割は実に幅広い。頼まれれば帝劇の舞台装置や照明までも手掛けてしまうその瞬発力は、かえでいわく「史上最強の便利屋」だとか。まぁ、その仕事の殆どが彼らの本意ではなく、かえでがその様に使ってるだけなのだが。
「とり急いで頼まれて欲しい事があるんだけど、いいかしら?」
電話の向こうの青年は、かえでの注文を素直に応諾すると冗談めかした声で聞いてきた。
『で、”審判の日”はいつです?』
締め切りの事を聞いているのだろうか。暫くの間、かえでは返答する事も忘れて笑った。この男は冗談の好きな男だが、それにしてもこのタイミングで”審判の日”とは。かえでは自分の頭の中にある企みとその言葉が表すイメージの合致に、こみ上げてくる可笑しさを耐え切れなかった。
そしてやっと息を整えると、落ち着いた声でこう言った。
「忘れないで。2月14日よ」
「2月14日・・・・・2月14日・・・・・」
「どしたの?コジローちゃん?」
かえでからの電話を受けた”トクソー”の青年、風間小次郎は受話器を置いた後にそう呟いた。中背の肩に白衣を引っ掛け、咥えタバコをくゆらせる姿はとても軍関係者とは思えないが、無論彼もれっきとした華撃団の構成員だ。
「2月14日って、何かありましたっけ?」
「おバカさんねぇ、2月の14日って言えば乙女恥らうバレンタインデーじゃないの」
小次郎に聞かれて答えているのは、大田斧彦こと喋るモアイ像である。いや逆か。
「バレンタインデー?」
「んもう、バレンタインデーって言ったらねぇ?恋に焦がれる乙女が・・・・・・」
巨体をくねらせ、小指を立てつつ説明しようとする斧彦に、小次郎は『それくらいは知ってます』という感じで両手をかざした。
「そして町中のお菓子屋でチョコレートのバーゲンが開催される前日ね」
「んまぁ!何てこと言うのかしらコジローちゃんったら!」
「まぁまぁ。それより・・・・・・」小次郎は、斧彦が興奮のあまりに当初の目的を忘れそうなので、あわてて話題を中断した。「アクチェーターの具合、どうです?」
そう言われると斧彦は、思い出したかの様に今自分が着込んでいる機械骨格を動作させた。とたんにモーター音が室内に轟き、斧彦の巨体を包み込む超・巨体の鋼鉄の塊が研究スタジオの中をノッシノッシと動き始める。
「そうね。悪い感じじゃないと思うわ」
斧彦の意見は、科学者が判断するに十分なほど具体的とは言いにくいものだったが、小次郎はグラフに映し出される数値を満足げに眺めていた。新開発である「薔薇組専用光武」のプロトタイプ2号機という段階でこの数値が出せるなら、現時点での開発は順調であると考えてもよいからだ。
直接戦闘に加わる可能性の無い薔薇組に対して、何故このような新兵器が開発されているのか?という疑問が聞こえてきそうだが、この風間小次郎という男の思考ロジックを拝借する限り、それは愚問でしかない。何故なら、彼のみならず”トクソー”が手がける全て研究は『科学者は全ての可能性にチャレンジする義務と権利を有する』というモットーに基づくものであるからだ。つまり、たとえその必要が無いとしても出来る事ならやってしまうという、まぁ、辞書に載っている言葉を使うなら『暇つぶし』とも言えてしまうのだが、花やしきの開発する全ての兵器類が彼らの活動をきっかけにして生まれているという実情を配慮すると、彼らに対してその言葉を使う人間は一人もいないのだった。
小次郎は斧彦に今日の実験の終了を告げると、装置の電源を切り、先ほどかえでと通信した際のメモにもう一度目を通した。
非常に興味深い内容だった。何処を切っても前代未聞。その壮大な企画内容には、”トクソー”の持つ技術力の限界域を広げられる可能性さえ含めていた。コレとバレンタインの間に何の因果関係があるのかは、今のところ全く見当がつかないが、あの藤枝副指令の考える事だ。そこに『何か』があると見て間違いないだろう。
「そんなに熱心に考えてるところを見ると、これまたトンデモなくトンデモない依頼があったようね」
光武の機械骨格から降りた斧彦が、小次郎の肩から首を「ぬーっ」と突き出してメモを覗き込んだ。だが一瞬後、斧彦はその不可解極まりない内容に眉をひそめ、大きく首を捻った。
「・・・・・・何なの、コレ?副指令ったら、本当にこんな物を作らせる心算なのかしら?」
小次郎は新しいタバコを口に咥え、いかにも知識に飢えた科学者らしい”ニンマリ”とした微笑みを浮かべながら、斧彦に言った。
「まぁ、あの人の考える事だから、コレが悪巧みである事には間違いないんだろうけどね」
その時、研究スタジオの勢いよくドアが開けられたかと思うと、その向こうから真っ赤なスーツスカートに身を包んだ、元気のいいパーマネントヘアーの女性が現れた。
「こんにちわー!帝劇の雑用天使が差し入れでース♪」
「あらー!由里ちゃんじゃないの〜♪」
「お、斧彦さん!?何やってんですかこんなトコで?」
「いいじゃないの〜、アタシの事なんか!・・・・・・・それよりさぁ由里ちゃん、まだよくわかんないんだけど、今しがたこの”トクソー”にスッゴイ面白い依頼が来たのよ。あのね・・・・・・・」
世界は確実に動き出していた。
あちこちで。
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