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「今日はちょっと、みなさんに殺し合いをしてもらいます」
かえでの声に、誰かが「は?」と素っとん狂な声を上げた。
「イキナリやってきたと思ったらなんですか、物騒な」
「新しい冗談ですか?」
「全然訳がワかりまセーん」
「無粋な」
全方向からボンボン飛んでくる文句に眉も動かさず、かえではサラリとこう言ってのけた。
「そろそろこんな事でも言っておかないと運営上ヤバい時期なのよ」
・・・・・何だそりゃ?
全員の目が点になったところで、かえでは「はいはいはーい」と注意を集めた。気づけば、かえでの服装がどこか奇妙だ。自ら非情召集をかけているにもかかわらず、陸軍の制服ではない、何か運動服のような上下に身を包んでいる。いわゆる『体育教官の服装』と例えれば判りやすいのだろうか。胸には名札らしき物が見え、その上には所属を現す記章がある。花やしきのものだった。
「ま、こんな格好で驚いているんでしょうけど、カンベンしてちょうだいね」
かえでは肩をすくめて笑って見せた。しかし他に笑う者はいない。先ほどの不可解な台詞といい、その服装・ふるまいといい、今日のかえではどこかがオカシイ。事態をどうにも飲み込めないマリアが、恐る恐る挙手し発言した。
「あの、この召集の理由は何なんでしょうか?」
かえではマリアに答える事はしなかった。だがその代わりに作戦司令室のコンソールに座り、カタカタとキーボードそ叩いた。叩かれた文字が80インチの液晶画面に大きく映し出される。
『 Valentine'sDay 』
その文字を全員がぼーっと見上げる中、かえでは再び「はいはいはいはーい」と注目を集めた。
「これ、読める人ー?」
かえでの口調はいたって穏やかだ。まるで低学年を扱う学校教師を思わせるようだ。かえでの問いに、隊員のそれぞれの口から『バレンタインデー』という言葉が漏れる。
「はいそうですねー」
かえでの口調に変化は無い。低学年を扱う教師のような口調。それは柔らかい物腰と丁寧な言葉使いによって巧みにカモフラージュられた、ある種有無を言わさぬ強制力を備えた口調。絶対的な力量の差を見せ付ける口調。お互いの立場に消えぬ境界線を引く口調だった。かえではこの口調を崩さぬよう強く意識していた。彼女は、時にこの口調が多人数に対抗する為の時武器にさえ成り得る事を十分に理解していた。
かえでのその様子を見て、マリアが痺れを切らしたように再び挙手する。
「あの、副指令」苛立ちを携えた顔つきが、普段よりもさらにシャープな印象を与えていた。「これは何のための召集なんでしょうか?」
かえでの口調が学校の先生ならば、マリアの口調は何処までも優等生だ。だがかえではその質問を簡単に打ち消した。
「この召集に貴方が普段通りの何かを期待しているなら、それは見当違いよ。別に帝都の安全に問題が立ち上がったわけじゃないわ。私はただ、あなた達に必ず集まって欲しかっただけよ」
「では、大神隊長は何処です?」
「彼は出張よ。昨晩深夜に急な辞令が下ってね・・・・・花小路伯爵の会議に同行する事になったからおそらく3日は戻らないわ」
「・・・・・?」
マリアの顔に疑問の色が浮かんだ。その代わり、今度はすみれが口を開いた。
「この召集に意味があるとしても、中尉不在という事態は好ましくないのではありませんの?」
「そうでもないのよ」
今度はさくらが挙手した。
「あのぅ、私、展開が全然読めないんですけど・・・・・」
「うーん、無理も無いか」かえでは肩をすくめて見せた。「多少の無理は承知の上でも、パロディするなら、コレくらいの事はやっておかないとね」
・・・・・・だから、何なんだそりゃ?
「質問は以上かしら?」
隊員達は互いに顔を見合わせていた。質問も何も、状態が飲み込めない以上質問のしようも無い。花組隊員達のそんな様子を確認したかえでは、何故かとても満足げな笑みを浮かべた。
「それでは・・・・・・・今度は私から様々な質問をさせてもらいます。何の疑問も持たず、直感で答えてください」かえでは全員をぐるりと見渡した。反論が無い事を確認したのだ。「右手を上げたまま、全員目を閉じて。互いの間隔を十分にとってその場に立ち、許可があるまで目を開けてはなりません。皆さんいいですね?」
今度はまるで教室でのホームルーム。
『給食費を盗んだのは誰ですか?』
今にもそんな質問が飛んできそうなそのタイミングで、かえでの放った質問は全員の予想を裏切った。
『大神一郎の事を好いている者、
手を上げたままで居なさい』
全員の身が凍りついた。かえではさらに続けた。
『明日、大神一郎にチョコレートをプレゼントする者、
手を上げたままで居なさい』
『大神一郎が思うに、受け取って一番嬉しいチョコレートは
自分のチョコレートだと自負する者、手を上げたままで居なさい』
『自分のチョコレート以外のチョコレートの存在を許せない者、
手を上げたままで居なさい』
手を下ろす者は誰も居ない。直立する8人の間の空気を、ただ言霊が切り裂いていくのみだった。まるで時さえも存在しないかのようだった。最後にかえでは、今までの口調とは明らかに異なる、特別際立った印象で次の言葉を発した。
『将来、大神一郎の妻となるのはこの自分だと自負する者、
手を上げたままで居なさい』
その言葉に反応する者は居なかった。隊員達にとって、目を閉じている為にその事実はかえで本人にしか知られる事が無い。だから全員の顔には、戸惑いの中にも明らかな自信の表情を見せている人間も少なくなかった。
だが同様に、かえでの顔に豊かだが非情に邪悪な笑みが浮かんでいる事に気づく人間もまた、誰も居ないのだった。
(ふふふふ・・・・・)
その様子を眺めて、かえではますます笑った。声も無く。しかし高らかに。
「では次に・・・・・」
かえでは全員に目を開けることを許可した後、再びコンソールに向かい何かを操作しはじめた。今度は誰にも質問する為の隙を見せなかった。服の胸ポケットから何かを取り出し、素早く機械類のセッティングを終えると、振り返らないまま言った。
「コレを聞いてもらおうかしら?」
かえでの指が緑に光る『再生』のボタンを押すのを、全員が黙って見ていた。
「さっきめずらしく・・・・・
・・・・・・モギリ席にこれが置いてあったぞ」
それは例の盗聴器の記録であったのだが、中身について誰一人知る者がいない為、かえでが何を言わんとするのか、それは、突然スピーカーから大神と加山の声が聞こえ始めても、誰にも理解出来る物ではなかった。
それがかえでの作戦だった。
断片的な情報と、それを一旦リセットする程に強烈な情報。対象者が待つ先入観の有効活用。疑問の誘導とすり替え。世が世なら、それは24時間ファミレスのボックス席で夜な夜な行われるマルチまがい商法のサークル勧誘員が見せる手段にも似て・・・・・
〜10分後〜
「ぶっっっっ殺してやろうかぁぁぁああああああの男ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」
吐息さえもが沈黙した10分の後、全員分の雄叫びが地下施設を揺るがし、怒りに震える16の拳が宙を舞った。その理由を知る者が一人も居ないにもかかわらず、隊員の感情は同じ怒りで埋め尽くされた。
この混沌を支配する女王となったかえでは、全員の怒号を聞きながら、とりあえず再び会話が出来るチャンスを伺っていた。
ただ、カンナが演算機に正拳を下ろした時は、集合場所を鍛錬室にしておけばよかったかな、とも思った。
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