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隊員達の怒りは極限に達した。拳を震わせ、奥歯を噛み、その激昂をあらゆる限りに表現していた。
その様子を眺めていたかえでだったが、やおら全員を見渡せる位置に移動すると踵で床を思い切り蹴った。「ダンッ!」という音が室内に響き渡り、かえではまたもや全員の注意を集める事に成功した。静かに息を吸い込み、全員の顔をぐるりと見渡し、そして言った。
「諸君等が愛した大神一郎は去った!何故だ!?」
その声に一瞬室内の空気が止まった。
「・・・・・」
止まって・・・・・・
「・・・・・」
止まって・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・固まった。
かえでが一人つぶやいた。
「ノリが悪いわね」
『だから知らねーってばよこの昭和生まれが!!』
全員の心の叫びが部屋中にこだまするが、かえでの耳には届かない。
マリアが再び、発言のために挙手した。おぼろげになりつつある真相を早く掴みたいからであったが、かえでのこれ以上の暴走を食い止めるためでもあった。此処からさらに『坊やだからさ』とか繋げられた日にゃ、もう収拾がつかなくなってしまう。
「隊長不在の召集の意味は判りましたが、これからどうするおつもりなんですか?」
かえではちょっとばかり顔をしかめた。察するに、やはり例の決め台詞を言ってみたかったらしい。しかしその代わり、先程にかえでが流した例の記録を少々巻き戻すと、ある地点から再生した。
「あれがせめて一つだけなら・・・・・」
テープの中の大神が示す『あれ』というのは、言わずもがな、バレンタインデーに贈られるチョコレートの事だ。花組隊員の各々がその当事者であるので、当日の大神が多数のチョコレートを受け取っているのは知っていたが、この大神の本音を耳にするのは初めてだった。皆、大神は喜んでそれらのチョコレートを口にしていると思っていたのに。
「大神中尉も、一言おっしゃっていただければよろしかったでしょうに」すみれが、溜め息混じりに呟いた。「一言そのお心を私におっしゃっていただければ、神崎家に仕える優秀なパティシエに世界一のチョコレートを作らせましたのにね」
すみれはそういい終えた後、もう一つ溜め息をついた。それは大神への哀れみというよりも、大神の思いを知らずにいた自分への愚かしさに対する落胆であり、「早くそうすればよかった」という、自らの恋路を築き上げる手段を見つかった事への安堵の溜め息でもあったようだ。しかし、そこにチャチャが入る。
「自分ひとりじゃ板チョコ一枚湯せん出来ねーくせに」
カンナだった。ボソっと呟いたような一言だったが、それを聞き逃すすみれではない。カンナの方を振り返り、ねちねちした口調で嫌味を浴びせた。
「あら、何か聞こえたと思ったら、チョコレートを湯せんするどころか、何をこしらえても『赤黒くて辛いもの』になってしまうカンナさんじゃありませんの」
すみれの紅を引いた唇がニイッと横に引っ張られると、カンナの髪がざわりと逆立った。この二人にとってはそれが戦闘開始の合図らしい。
「んだと?この銭ドル女!毎年毎年金ばっかりかけてでっけーチョコレート作りやがって!去年のバレンタインデーで隊長の胃袋に物理的な穴が開いちまったのは、一体誰の責任だったっけなぁ!?」
「あなたこそ、どうやったらチョコレートがあれだけ辛い物になってしまうのかしら?化学の実験でもやってるおつもりなの?」
「只の一箇所にも自分の手を加えずに『手作りの愛』とか口走らねーだけマシってもんだろうが!」
「ぬぁんですってぇ!?」
「なんだとぉ!?」
ますますヒートアップしていく二人の口論。すみれの眦は裂けんばかりに見開かれ、カンナが背負う空気は既に闘気がたなびいている。まさに一触即発。次の一言が発せられた瞬間に取っ組み合いの喧嘩が始まってしまうだろう。
そこに、「まぁまぁ」と割って入った者がいた。さくらだ。
「二人とも、そんなに意気込またくたっていいじゃないですか。ね?」
その安易な言葉と笑顔に、それまで争っていた二人の矛先が変わった。双方とも、先程からある種の余裕を感じさせる言葉を連発しているさくらの存在が気に障っていたらしい。さくらに向かって挑むような視線を無遠慮にぶつけていた。
「へー、何だよ。さっきからずいぶんと余裕じゃねーか」
「そうですわねぇ、いつぞやは、夜中の12時ギリギリに隊長室のドアを叩いていたくせに」
「しかもエプロンと両手はチョコまみれ」
「 『大神さんに・・・・・大神さんにどうしても食べていただきたかったんですけど、どうしても上手く出来なくてぇ〜;;;;;』 」
「全部まる聞こえ。嘘泣きバレバレだっつーの」
「残り一分で全部もってかれたんじゃ、こちとら付き合っていられませんですわ」
「この計算女」
「計算女」
「計算女!計算女!計算女!計算女!女!そして女!」
カンナとすみれから始まった言葉だったが、いつの間にやらの大合唱。二人の間に挟まれたさくらを、さらに『その他大勢』が追い詰めた。最初のうちは平然としていたさくらだったが今では完全にうろたえており、ちぢこまって「ひぃん」と小さくべそをかいた。
やがて全員の鬱憤が晴れると、マリアが全員の意見をまとめた。
「つまり、今年は我々全員が自由にチョコレートを贈るのではなく、我々の中からチョコレートを贈る人間を一人に絞る・・・・・・・と?」
「その通り」かえでは当然の如く頷いた。「相手が決めかねているなら、こちらが決めてやればいいのよ」
しかし、かえでに意見する者がいた。紅蘭だ。キョロキョロと周りの様子を伺いながら、やはり挙手の後に発言した。
「あのー、ちょいと強引なんとちがいまっか?」
「あら、どうして?」
「だって、大神はんに選ばすんやのうて、こっちが相手を選ぶんやろ?やっぱこういうのは、お互いの気持ちが一番大事なモンであって・・・・・・」
「・・・・・・・ふぅん」
紅蘭の意見はもっともだ。恋愛というものは常に相手の気持ち、自分の気持ちによって左右されるものであり、それらをないがしろにしている訳ではないにせよ、多数決によって方向が決められる物ではないだろう。
しかし、かえでは紅蘭に一歩詰め寄ると、立て板に水の勢いでまくし立てた。
「紅蘭、あなた、大神くんの事が嫌いないの?」
「いや、その・・・・・・・」
「好きなんでしょう?恋人になりたいと思わないの?」
「っていうか・・・・・・その」
「それとも一人、抜け駆けでも狙うつもりなのかしら?」
「そ、そんなことは・・・・・」
「何年か前、あなた、大神くんと一緒に中国まで飛行機飛ばすんだって、毎晩張り切って飛行機組み立ててたわよねぇ?」
「うぅっ!」
「でも結局ダメになって、腹いせにせっかく組み立てた飛行機を自らスクラップにしたそうじゃない!?」
「ううぅっ!!」
「それでまた最近になって、部品かき集めて作ってるって聞いたわよ!?それでもしらばっくれるって言うの?」
「うううぅっ!!!」
「好きなんでしょう!?言いなさい!」
「ああああゴメンなさいぃ!ウチは大神はんの事が好きですぅ!!!」
過去、脅されて泣きながら恋を独白人した間がいただろうか。しかしかえではそんな事など気にもせず、狼狽する紅蘭にとどめの一言を放った。
「隠してたって私には判るのよ!さっきの私の質問には、誰一人一度も手を下ろさなかったんですからね!」
「・・・・・・」
今日何度目の沈黙なのだろう。
まさに時を止める女。カエデ・ザ・ワールド。
『さっきのホームルーム意味無いじゃん!!』
何処から何処までも学校の先生らしいかえでの振る舞いに、またも全員の心の叫びが爆発した。
「なら、選出方法が問題だ」
挙手する事無くレニが新たな意見を主張した。ここにきて初めての発言だ。
「何にせよ、全員が納得出来る内容じゃないと」
「中尉サンに私達のチョコレートを味見して貰って、一番おいしかった人がチャンピオンでいいんじゃないでスかー?」
比較的お菓子作りが得意だという織姫らしい意見だが、レニはそれを一刀両断に切り捨てた。
「同意できない。隊長はそれが出来ないから今まで誰も選ばずに過ごして来たんだし、僕等もそう思いながら毎年チョコレートを作ってきたんだ。今更同じ事をしても無意味だよ」
「チョコが一つしか貰えないと、お兄ちゃんが可哀相なんじゃない?」
アイリスの無邪気な質問にも、レニは極めて端的に答えている。
「おそらく隊長はそんな事は気に留めない。特別な物には、その存在だけで一騎当千の価値がある」
その口調に変化は無いが、レニは珍しく多弁だった。それまで黙って話の成り行きを見守っていた分だけ、いち早くこの事態を把握する事が出来たのかもしれない。それとも、この緊張感に興奮を覚えているのだろうか。
「さすがはレニ、飲み込みが早くて助かるわ」速やかに状況を説明してくれた第三者に、かえでの表情は満足げだ。「選出はゲームによって決められます」
「ゲームぅ?」
カンナが語尾を上げて繰り返したところを、かえでが補足した。
「言ってみれば、『チョコレート贈与権争奪生き残りゲーム』ね」
生き残りゲームという言葉に、全員の表情が代わった。作戦司令室に入ってきた時に放ったかえでの第一声は、この事を示していたのか。
「全員参加でいいわよね?」
全員が互いの顔を見合わせた。皆これまで一様に、大神のハートを射止めるチャンスを狙っていたのである。しかし全員が全員をけん制しあうという千年試合の様相と、大神一郎というとんでもない朴念仁のおかげで、全てのチャンスはフイになってきたのだ。突然の出来事とはいえ、此処まできたら、もう引き下がる理由は無い。8人の視線が素早く交錯し、凄まじい火花が散った。
全員のやる気を確認したかえでは満足げな笑みを漏らした。どうやら今のところ、万事はかえでの思惑通りに進んでいるらしい。
「とりあえず8人。あと5人」
「5人?」
かえでの呟いた言葉に、マリアがいぶかしげに眉をひそめた。
そのときだった。
『ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!!!』
五つの雷鳴が轟いたと思うと、帝劇の建物全体を揺るがした。何か巨大な物体が五つ、が中庭辺りに落下してきたらしい。
「な、何だぁ!?」
「こんどこそ敵襲!?」
うろたえる隊員達は気にもせず、唯一その雷鳴の正体を知るかえでは、ニヤリと笑って呟いた。
「流石は無双のリボルバーカノン。狙いも正確。おまけに早い♪」
それを聞いたマリアが、目を見開いた。
「リボルバーカノンって・・・・・・まさか!?」
「そのまさかよ」かえでは続けた。「あなたたちだけで権利を争う訳にはいかないでしょう?このゲームへの参加権利は、大神一郎を愛する全ての者に与えられているのよ」
中庭に落下したのは一体何なのか。
それを全員が理解する頃には、既に落下物から脱出した『もう一つの花組』が、足音を立ててこの司令室へと向かっていたのだった。
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