そして幾つかの季節が、帝劇に巡った。
 数えれば、5年。
 隊員達は依然として帝劇の舞台女優ではあったが、各々の活躍の場は既に帝劇を離れていた。
 紅蘭が花やしきの整備支部長になり、マリアは華激団NY支部設立の為に渡米を繰り返している。
 子役だったアイリスも、今では清純派ヒロイン役のイメージが広まってきていた。
 すみれの脱退を機会にしたわけではないのだろうが、帝劇には徐々に変化の気差しが現れつつあった。

 大神は相変わらず、華撃団隊長としてのいそがしい日々を交錯する日常を過ごしていたが、その大神にも変化は訪れていた。
 薬指に輝く、銀の指輪。
 ごく稀にだが、それを目ざとく見つけた見物客に、「あらモギリさん、いい人見つかったのね」などと冷やかされもした。
 だが、その指輪には何の法的拘束能力も、何の法的意味も無いのだ。
 すみれが帝劇を去った日の朝、何もかもそのままで主を無くした彼女の部屋に、ぽつんと置いてあったのがその指輪だった。誰にも声をかけぬまま、誰も声をかけられぬままに姿を消したすみれとの、たった一つの絆がこの指輪なのだ。
 今この時にも、これと同じ指輪がすみれの指に輝いているのだろうか?
 君も、同じこの空を見上げ、俺と同じ様に互いを想い慕っているのだろうか?
 そんな想いが時折大神の胸に訪れては、狂おしいほどにその身を焦がした。

 大神は、これまでにも何度かすみれと連絡を付けようと努力していたが、それは不可能だった。
 特務士官候補生は訓練部隊に入隊する時点で、戸籍およびそれに准ずるもの、その存在を証明する物の全てを抹消されてしまう。そして訓練の果てに任務を与えられた時点で、新しい身分と名前、必要があれば職業を受け取るシステムになっていたのだ。これは特務士官に与えられる任務の性格上、その人間の個人情報を隠蔽する必要があるからだ。これによって、特務士官はその隠密性を極め、任務を遂行することができるのである。と同時に、もし、すみれが訓練期間中、あるいは任務遂行の最中、何らかの理由で命を落とす事となれば、その死体は誰とも知れぬまま、何処かで発見される事になる。
 つまり神埼すみれという人間自体が、この世からその存在を消してしまったのだ。
 「私は生まれ変わる」
 行先不明で還付された手紙の枚数が増える度に、それを見つめる度に、この言葉の意味と重さを、そしてそれに込められたすみれの想いを、大神は改めて痛感していた。

 そして今日もまた、変化が帝劇に訪れようとしていた。

 米田の引退が決定したのだ。

 終身任務jであるはずのこの地位を退く事になったのには余程の理由があってのことなのだろうが、実際のところは誰にも明かされる事はなかった。
 「もう歳だからな。意味なんかねぇよ」
 困惑する大神の質問を受けても、米田はそう言って、いつものように酒の杯を傾けるのだった。
 米田の後任にはかえでに託され、即日に辞令を拝命する事となった。これは帝国軍から独立した体制をとっている花組だからこその人事であるといえよう。無論、かえでの組織管理能力と、現時点までに月組司令、花組副司令としてのキャリアが見込まれてのことであるが、異例と言うにもおこがましい帝国軍初の女権の誕生に、様々な異論が沸き立ったのは事実だ。
 「辞令」
 米田の私物がすっかり取り払われた支配人室で、大神の同席の元、米田が辞令を読み上げた。
 「藤枝かえで。本日一二:○○をもって帝国華撃団花組総司令の任を命ずる」
 「拝命します」
 敬礼が交わされ、かえでの踵が床を打つ音が部屋に響いた。
 「と言っても、もう1時半か・・・・これで俺もいよいよ隠居か、へへっ」
 そう言った米田は、大机の上に残っていた「支配人:米田一基」の名札を取り上げ、手の上で弄んだ。そして机の上に腰をかけると、脇に控えていた大神に目をやった。
 「大神よ」
 「はい」
 「これで俺はもう、おめぇらとは何の関係もねぇ」
 「・・・はい」
 「後の事はかえでくんと、新任の副司令とでよろしくやってくれ」
 米田はそう言うと、かえでに向かって軽く目配せした。かえではそれに反応するようにして、支配人室を後にした。どうやら、その新任の副指令という人物を迎えに行ったらしい。  
 「新任の副司令?来ているのですか?」
 「あぁ」
 それだけ言って、米田はニヤリと笑った。
 その笑いは大神にとって、馴染みの物だった。そういう時、米田は決まってこう言いたいのだ。
 『鈍い野郎だ』
 ガランとした室内で、二人はその人物が訪れるのを待った。

 不意にドアをノックする音がした。かえでが戻ってきたらしい。
 「失礼します」半分ほどドアが開き、かえでが身を表した。「お連れしました、司令」
 すると米田は笑ったような、困ったような顔をしてこう言った。
 「俺はもう、司令じゃねーっての」
 米田は机から腰を上げると、大神をそのまま待たせ、ドアの方へと歩いていった。
 「まぁ、結構早かったと思っていいんじゃねえのか?」
 歩を進めながら米田は大神に話しかけてくる。しかし大神には、米田の口調や言葉の端々に現れている『モノ』が理解できずにいた。
 違和感。相手から伝わってくる、「知らないのは自分だけ」という感触。
 それらが大神の身体を包んでいた。
 「‘不知火 紅葉’ってんだ」
 米田が、半開きのままのドアの前で止まった。
 「しらぬい・・・くれは・・?」
 「誰が付けたか知らねぇが、何とも勇ましい名前じゃねぇか。なぁ?」
 ドアノブに手がかかった。
 「彼女もまた、帝国歌劇団花組の女優として在籍する事が決まっている。但し、芸名だ」
 米田の手がゆっくりと引かれ、軍服に身を包んだ、その者の姿が徐々に明らかになった。
 

 「その芸名ってのは・・・・ほら、挨拶しな」
 

 大神にはもう、米田の声など届いてはいなかった。
 ドアが開いた瞬間、この数年来押さえつけていた感情と、数年振りに沸き立ってくる感情がぶつかり合い、大神の胸の中でひしめき合った。
 歩を進めるのがもどかしかった。
 空気を掻くようにして身を動かし、その勢いのまま、現れたシルエットを抱きしめた。
 掌に、忘れかけていた感触。
 触れる肌、香る髪の匂い。
 言葉が出てこない。
 それを感じたかのように、腕の中から声が聞こえた。
 「お会いしとうございました・・・・」
 見下ろせば、潤んだ瞳が大神を見つめていた。そして一粒の滴が、その頬を伝い落ちた。
 今、全てが蘇る。
 涙の熱さを掌で感じながら、大神は叫んでいた。
 「おかえり・・・・すみれくん・・・・おかえりなさい・・・・」 
 しかしその言葉も長くは続かない。
 大神の唇の動きは、もう一つの唇によって遮られた。
 長い、長い口付け。

 「‘神崎すみれ’の復帰会見は、一ヶ月後になるわ」
 紅葉が涙を拭いた。
 「式には呼んでくれよ。バカ息子の晴れ姿は、俺も見てえからな」
 大神が頷いた。

 紅葉の薬指には、銀に輝く指輪があった。それは、別れの日に大神が見つけた物と同じ指輪だった。
 時が、戻ってゆく。
 永遠の舞台への幕が、今、ゆっくりと開いていくのを、二人ははっきりと感じていた。

 全てが、この時から始まるのだ、と・・・・

〜Fine〜

ご想像の通り、今回のSSは、『4』における神崎すみれの引退に触発されたものです。
神崎すみれという人は、派手で高飛車なイメージの強い女性です。しかしプロフィールに公表されているとおり、「自信を実力に変えてしまうほどの努力家」でもあります。
今回のSSではそのイメージをクローズアップしてみました。

 
「自分」というものを勝ち取るために、自らに危険を課したすみれ。
大神はその申し出を受け入れ、彼女と別れることになります。
しかし、それは二人の強い愛情に裏打ちされてのことなのです。
その辺り、感じとって頂けたならとても嬉しく思います。
 
皆様には「何故にすみれが危険を冒してまで特務士官にならなければならなかったのか?」という疑問があると思います。
それについて補足しますと、特務士官になった時点で戸籍を消される‘神崎すみれ’は、もはや‘神崎すみれ’ではなく、社会的に全くの別人として生まれ変わる事になるのです。そうすると、神崎家は紅葉を「神崎家の人間/神崎家の相続権利を持つ者」として扱う事が法的に不可能になり、以降の干渉を封じる事が出来るのです。勿論すみれが引退する際は、神崎家から何らかの異見が寄せられたとは思いますが、それには聞く耳を持たなかったのでしょう。
「隠密性を要求される特務士官が結婚を許されるのか?」と疑問もあるかと思いますが、許されます。
但し、万が一別の任務を担当する事となれば、その時点で離縁の可能性もあります。全てはすみれに任務を与える上層部の命令次第なのですが、もはや管理者という立場にまで上り詰めた紅葉にとっては、その心配はもはや不要でしょう。
ちなみに「特務士官」という階級はこのSS独自のものであり、、ゲーム中にも存在しません。「かえでさんやあやめさんが特務士官であった」という記述がありますが、それはその階級に対する説得力を持たせるための表現だと思ってください。
 
機会があれば、すみれの候補生時代や帝劇に戻るまでの任務の話、副司令となってからの大神との話なども、書いてみたいですね。
 
 
(2001/11/25)