「え?鈴蘭ちゃんって苗字なの?」
 「はい、そうなんですー」
 「えぇ?じゃあ、鈴蘭本舗の・・・」
 「はい、私の実家なんですよ」
 「えー?じゃあ、社長玲嬢なのー?すっごーい!」
 「で、でも失敗ばっかりだから・・・全然すごくないんですぅ・・・」
 

  売り子の少女─このみが姿を消してからというもの、紅蘭はノリノリで綿飴屋の売り子になりきって、行き交う人に元気よく愛想を振り撒いていた。
 「はーい、いらっしゃーい!フワフワのわたあめやでー!一口食べたら『フワフワ〜ッ』ってな気分になりまっせー!おいしいでー」
 「・・・・」
 一方の大神には、そんな愛想の欠片も無く、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。そんな大神に紅蘭が客引きのための拍手を打ちながら話しかける。
 「あんな、お鈴ちゃんって、あの「銀座鈴蘭本舗」の娘さんなんやて」
 「んー」
 「そんでな、今は浅草の支店で働いてるんやて。『武者修業なんですぅ〜』なんてゆうとったで」
 「ほー」
 「・・・おーがーみはーん?聞いてるんー?」
 さっきから気の無い返事しかしない大神に痺れを切らしたのか、紅蘭がくるりと大神の方を振り返る。しかし、それでも大神は「聞いてるよー・・・」とでも言ったつもりなのか大きく首を立てに振り、決して視線を合わせようとはしなかった。
 「大神はん、ちょっとは愛想ようしとかんと売れまへんで」
 「・・・・」
 「ほら、スマイルスマイル、やで?」
 「・・・・笑い事じゃないよ・・・」大神はやっとそこまで言うと、紅蘭の方をキッと睨みつけた。「だってこんな格好してるんだぜ!」
 実は紅蘭は屋台の前で客寄せをしているだけで、綿飴の屋台の中に立っているのは大神だったのだ。しかも、このみが「走っていくのに邪魔になるから」と置いていったフリル付きのエプロンを紅蘭に無理やり着せられてしまったのだから、大神の心中は察して余りあるところだろう。
 「ええやん、なかなか似合うとるよ」
 完全に人事モードの紅蘭がのんきにもこう答えた。
 「隊長なのに!海軍なのに!」
 「だって、モギリやん」
 「で、でも・・・・俺は・・・」
 「大神はん!平和団体やないんやからそないにデモデモいいなさんな!花組隊長のええとこ見せたってや!」
 「・・・普通、『隊長』っていう人はわたあめなんかつくらないと思うよ」
 大神の訴えは実にもっともなのだが、再び客引きを始めた紅蘭の耳にはそれは届かなかった。
 

 それから30分も経っただろうか。
 このみの戻ってくる気配もなければ花組からの迎えもまだで、更に付け加えるならば、紅蘭の客引きも虚しく綿飴の売れ行きはさっぱりだった。
 「・・・よし、こうしよう」
 どうにかしてこのみの帰ってくるまでに残りを完売させてやろうと企んでいた紅蘭が、ぽんと拳で掌を打った。
 「何?どしたの?」
 にんまりと微笑む紅蘭に大神が問いかける。大神は知っているのだ。その微笑が「何」を意味するのか。それは今までの経験から学んだことだった。
 (やばい・・・こりゃぁ、今までにも増してろくなもんじゃねえぞ・・・)
 そんな大神の思いをよそにして、紅蘭は大神に「チョコっ」と敬礼して見せた。 
 「ええから!大神はん、ちょっとの間ごめんな」
 「ちょっ!?紅蘭!どこ行くの!!」
 「ええから、あんじょうやったってや〜!」
 そして大神に店番を任せると、なおも叫びつづける大神を置き去りにして一目散にどこかへと走り去った。
 「・・・あ〜あ、いっちゃったよ・・・」
 大神はそう呟くと、屋台の中でその日一番大きなため息をついた。意気消沈する大神をよそに、綿飴の機械だけはやる気まんまん、準備万端で唸りを上げているのだが、大神にはそれがかえっていまいましく思えた。
 (「途方にくれる」っていう言葉は、きっとこういう時につかうんだろうな)
 大神が自嘲気味に笑ったその時、
 「一本・・・いただけるかしら?」
 と、澄んだ声が大神の耳に届いた。見ると、白地に朝顔をあしらった浴衣姿の、整った顔立ちをした若い女が一人、屋台の前に立っていた。
 「え?・・・は、はい!いらっしゃいませ」
 大神は反射的にそう答えていた。そしてそう答えてから、少しだけ後悔した。大神には帝劇でのモギリ生活がすっかり身についてしまい、客とみるとつい頭を下げてしまう習慣がついてしまっていたのだった。大神はしだいに渦を巻き始めたザラメの綿雲を眺めながら、自分の今置かれている状況を呪った。
 「あなたが・・・この屋台の?」
 大神の前に立った女が話しかけてくる。大神はなれない作業に気を使いながらも、女の顔を見上げながら答えた。
 「え、えぇ。まぁ」
 「そう・・・売れてる?」
 「い、いえ・・・僕がここに立ってからは、あなたが初めてでして」
 「それはよかったわね・・・」
 女の声はやけに甘ったるく、その視線も妙に熱っぽかったのが気になったが、大神はどうにかして一本の綿飴の格好をつけると、女のほうへ向き直った。
 「はいどうぞ。えっと、お代が・・・・」
 「そ・の・ま・え・に・・・・ちょっとこっち、寄ってくれる?」
 女が人差し指を上向きに動かして、屋台の中の大神を呼んだ。そして大神が体を寄せた瞬間、
 ちゅっ
 とかすかな音を立てて、大神の唇を奪った。
 「〜☆!??Σ(@д@」
 「じゃあ、コレ・・・おいしかったわ♪」
 女は悪戯っぽく笑った後、大神の手を取り、硬貨をいくつか手渡すと何事もなかったかの様に屋台の前から姿を消した。
 かなり長い間息もつげずに、大神は屋台の中で今自分に起こった出来事を反芻していた。しかし、それもままならなかった。
 「お兄さん・・・あたしにも一本」
 「あら、かわいい坊やなのね・・・こっちにもくれるかしら?」
 何時の間にか大神を取り巻いた声、声、声・・・見ると既に何人もの女性が屋台を取り巻いて、先の客と同じように媚びた瞳で大神を見つめているのだった。
 「・・・・さては、紅蘭ッ!?」
 事の発端を紅蘭の仕業と決め付けると、エプロン姿も気にせずに、大神は脱兎の速さで紅蘭が駆けて行った方へと飛び出した。そうしてお宮の入り口まで来たとき、大声で綿飴の宣伝をしている紅蘭を発見した。
 「紅蘭!」
 「わ!?何や、屋台ほっぽってきたんかいな」
 大神がいくら怒気を上げても、エプロン姿ではそれほどのインパクトもなかったのか、紅蘭はいささかの怯む様子もなくケロッとしていた。
 「紅蘭・・・今、俺はな・・・!」
 「あぁ、さっきのお姉さんに「ちゅー」してもらったん?」
 「だから、なんでそんなことになってるんだ!?」
 「何って、客寄せやよ」大神のその声を聞いて紅蘭は、手に持っていた一本の宣伝用ののぼりを指差した。「さっき作ったんや」
 その昇りには、あろうことか
 「只今綿アメ購入ノ方、モレナク美男店員ヨリ接吻進呈イタシマス!」
 とでかでかと書かれていたのだから。
 

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