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目の前にいる獲物に伸ばそうとした爪先を、まるで警戒するかのように丸めながら、降魔はたった今光の槍が降りてきた方向を見上げていた。翼を伸ばして強靭な脚力で地面を蹴立てると、たった一度の羽ばたきでその体は見事に宙に飛び立った。
「気ぃつけや加山はん!そいつは見えとる!」
太陽を見上げて紅蘭が叫んだ。しかし紅蘭が太陽の方向を振り返ったときには、そこには既にガルーダの姿は無かった。紅蘭が振り返るよりも早くエンジンの爆音が紅蘭の後方に轟き、ガルーダの位置を教えていた。
「加山はん!」
紅蘭が振り返り叫んだ時、凄まじい爆風が紅蘭の乗る光武を数メートル吹き飛ばした。ガルーダが主砲を繰り出したのである。光武の武装とは比較にならない、翔鯨丸の主砲クラスの無反動砲が着弾の瞬間に周囲にある殆ど全てのものを巻き添えにしていた。ガルーダはさらに数発を連射した。弾頭が軌跡を描いて降魔に向かっていく度、ガルーダを上空に見る領域にある全てのものが、その衝撃波に耐えられず破壊されていく。しかしその破壊力も降魔の俊敏さの前に屈していた。降魔はそれらを紙一重で交わし、最後に向かっていった一発を片手で受け止め、これみよがしに握りつぶした。弾頭は降魔の体に微かな傷を残しただけで、掌に包まれたまま爆発した。
この時、紅蘭はその場から退避する事すら忘れ、圧倒されたように立ち尽くしていた。だが最後の爆風で足が中に浮くほど煽られると、はっと我に返って駆け出した。駆けていく方向にはマンタレイの待つ海岸がある。
『紅蘭!聞こえる?紅蘭!』駆けていく途中でスピーカーが鳴った。『紅蘭!こちらブリッジ、藤枝より指令する!応答せよ!』
紅蘭は素早くスイッチを切り替え、無線をオープンにすると答えを返した。
「こちら紅蘭!加山機・・・・・ガルーダは降魔と応戦中!指示ねがう!」
『降魔への攻撃はガルーダに一任せよ。マンタレイとのドッキングの後は後方支援を指示する。空中より待機せよ!』
「了解!マンタレイとのドッキングの後、空中にて待機する!」紅蘭はそう言うと、蒸気エンジンの出力を上げ光武を二足歩行からホバリング飛行へと移行させた。「ところで!聞きしに勝るとはこの事やな、かえではん!」
一瞬の沈黙の後、かえでは答えた。
『その言葉には間違いがあるわ。私達はあの機体について、殆ど何も知らされていないのよ』
その頃、ブリッジでは風組の三人による必死のオペレーティング作業が行われていた。何しろ今回加山が持ち出したガルーダにまつわるデータが皆無に等しい為に、搭乗者である加山への正確な指示を出せずにいるのである。加山によって花やしき支部から緊急射出されたガルーダとマンタレイの出撃に遅れる事数分、カンナを処置する為の医療班が持ってきたガルーダの操作書を、今は由里が首っ引きで覗き込んでいた。
「なんで花やしきは直接データを転送してくれなかったのよ!せめてそれさえやってくれれば・・・・・!」
額に汗を滲ませながら由里が必死にページを捲っている由里に、かすみが答えた。「見たことも無い機体データを転送されても、それを見る私たちが困るだけよ。それに翔鯨丸のシステムは光武用に特化されてるのは知ってるでしょ?転送されたとしても、正確な表示さえ出来やしないわ。マニュアルで変換するしか方法が無いのよ」
かすみの指もまた、限界に迫る勢いでコンソールの上を走り回っている。由里がオペレーティングに必要なデータを読み上げる度に、その数値を演算機に打ち込んでいるのだ。
「ガルーダ損傷!」
それまで双眼鏡を覗き込み、ガルーダの姿を追っていた椿が叫ぶと、ブリッジに緊張が走った。
「状況報告!」
かえでの声を聞いた椿が、その方向を振り返らないまま叫んだ。「右肩部の装甲が破損・・・・・つづいて右上腕部!」
「インカムこっちに!早く!」かえではインカムを受け取ると、装着せずにそのままスイッチを入れた。「ガルーダ!?応答せよ!加山くん!!」
『リアクティブアーマーが吹っ飛んだだけで、今のところ深刻なダメージは無い』加山の声と答えがかえでを安心させたが、次の言葉で凍りついた。『ブリッジから見えなかったか?ヤツは何をした!?何をしていた!?』
「・・・・・なんですって?」
『俺にはヤツが見えていたが、俺の装甲を吹っ飛ばしたものは見えなかった!液射でも無いのに、これだけの距離を無視して俺を攻撃できるのか!?ヤツには力とスピード以外の何かがあるんじゃないのか!?』
それを聞いたかえでは椿に怒鳴った。「メインモニター分割!降魔とガルーダの映像、出して!」
瞬時に椿が反応し、左右に分割されたモニター画面が、左に降魔を、右にガルーダを映し出した。
「あぁっ!!」
その場にいた誰もが息を呑んだ。今度はガルーダの左肩部、左上腕部のリアクティブアーマーが何の前触れも見せずに吹っ飛んだのである。そもそもリアクティブアーマーとは、装甲に受けた衝撃に対し、装甲に仕込まれた火薬を爆発させて反発するベクトルを与えることにより、その衝撃を相殺しダメージを最小限に抑える為の特殊な装甲である。それを考えれば、装甲に何らかの衝撃が加わったという事は明らかなのだろうが、モニターの映像にはその正体となるような物は何も映ってはいなかった。かえでは視線をガルーダから降魔へと移した。するとどうだろう、降魔はまるで野球の投手がアンダースローに構えるような動きを見せているではないか。次の、そして同じ攻撃が来ると察したかえでは、とっさに叫んだ。
「加山くん逃げて!」
その言葉が終わらぬうち、降魔は後ろに引いていた腕を大きく振り回した。しかし加山はかえでの声に反応していた。上空にガルーダが飛び退ると、ガルーダの後方、海岸の砂浜に大きな砂煙が立った。明らかに長距離上に存在する目標に対する攻撃である。かえでのインカムに、すぐさま加山の声が飛んできた。
『なんなんだっ!?『気』のたぐいなのかっ!?』
「多分そうね・・・・・ただ弾道のコントロールは出来ない。彼方を狙う事は出来るでしょうけど、体から離れた後のコントロールは出来ないようね。見えないボールを投げつけられていると思えばいいわ」
『・・・・・なるほど』
「とにかく動き回って!紅蘭はガルーダを援護!応戦しながら回避するのよ!」
しかし、加山はその命令に従わなかった。鮮やかに機体をを翻すと、あろうことか降魔に向かって突進したのである。ガルーダは一瞬で降魔に接近し、その脇腹ギリギリをすり抜けていった。虚をつかれた降魔はガルーダの突進をヒラリとかわしたのみだったが、凄まじい咆哮を上げながらガルーダを追い始めた。加山の後を追う降魔が、その距離をぐんぐんと詰めていく。
最初、かえでは加山が接近戦に持ち込むのだと思っていた。対長距離の攻撃方法を持つ相手に対して、その攻撃が驚異的であればあるほどこの手段は有効であるからだ。だが、加山の行動はかえでの想像を裏切っていた。ガルーダのスピードをさらに上げ、降魔を引き離しにかかったのである。降魔の追跡をかく乱しようとするのか、ガルーダは突然ほぼ垂直に高度を下げた。しかし降魔は見事に追従する。
「何やってるの!加山くん!距離をとったら、また狙われるわよ!」
加山はその呼びかけにも反応しなかった。ただひたすらに、最大出力で高度を下げ、海面に衝突する瞬間に水平飛行に移行した。そして、降魔との距離を保ったままある地点まで飛行すると、移動を止めて空中で静止したのである。降魔にしてみてば格好の的であり、降魔がそれを見逃すわけも無い。降魔は片手を大きく引くと、振り出した。
シュゥウウウウウウ!!!
降魔が弾丸を放つ。
だが、これこそが加山の望んだ状況だった。空中で応戦している時は見えなかった降魔の攻撃が、今では手に取るように確認できるのである。降魔の体を離れた見えない弾丸は、今、水しぶきを上げながらガルーダに向かっていた。目に見えぬ弾丸が水面をへこませるほどの衝撃波を振りまき、弾道を描いているのだ。ガルーダはそれらの弾道を掻い潜ると、降魔に向かって一気に距離を詰めた。右手首の装甲が開き、そこから棒状の金属が飛び出したかと思うと、それはまるで馬上槍の様な容へと瞬時に姿を変えた。
「バスターランス装着!ガルーダ、突進体制に入りました!」
椿が加山の突進を見守った。だがバスターランスの先端は、降魔の体を貫く事は無かった。進入角度が悪かったのか、バスターランスの先端が降魔の胸に命中した瞬間、爆発するように砕け散ったのである。加山の攻撃は猛烈な体当たりをしただけに止まった。だがそれでも、破壊力は相当なものがあったのだろう。降魔はのたうって悶絶し、そのまま姿勢を崩して水面に落下した。
国家予算規模の格闘兵器の中で加山は一人、静かに呼吸を整えた。おそらく肉弾戦は続くだろう。ガルーダも無事では済むまい。未知の敵を前にそれだけが容赦のない現実となった今、彼には何より冷静さが必要だった。
「データ変換終わりました!」
それまで長くコンソールに向かっていたかすみが、ようやく作業終了を告げた。由里も操作書を投げ捨てると、コンソールに向かった。
「ブリッジよりガルーダへ。状況データのモニター体制が整いました。ガルーダの状況データを至急転送してください」
由里がマイクに向かってそう呼びかけると、程なくして霊力を除く全てのデータが機体データ用のモニター画面に現れ始めた。出力、ダメージ、武装の装備状況、残弾などの様々なデータが埋まっていく中、ある一つのデータが最悪の結果をもたらそうとしていた。
「副指令!大変です!」
かすみの上ずった悲鳴が聞こえた時、かえでが振り返った。
「報告して!」
「ガルーダの・・・・・ガルーダの燃料が・・・・・」
その言葉の先を知ったかえでは叫んだ。「早く言って!後何分もつの!?」
「10分です・・・・・もうそれしか持ちません!」
あまりにも早く訪れようとする彼等の限界に、かえでは憎々しげに唇を噛んだ。
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