満潮の海は波も荒れ、三角形の大きな波が突然立ち上がったかと思うと、次の瞬間には飛沫に形を変えて飛び散っている。上空から見ている限り、加山には海面、あるいはその下にも降魔の姿を確認することは出来なかった。加山はモニターの解像度や色調を操作し、なんとかしてより有益な映像を得ようとするのだが、効果は無かった。 「加山はん!」 代わりにモニターに入ってきたのは、マンタレイを背面に装備した紅蘭の姿だった。マンタレイをブースターとして装着したとしてもその出力はガルーダに遠く及ばないのだが、それでも見事な静止飛行を見せている。 「紅蘭、無事か!?」 「ああ無事や!加山はんはどうや?」一瞬、狭いコクピットの中で安堵の声が交わったが、空気をひりつかせる程の強い緊張が互いの言葉を少なくさせる。「無事は無事だが・・・・」 加山の言葉はそれきり続かなかった。彼の意識はモニターを見つつも海面に集中していたのだ。 その時、突如水面が不自然に波立ったと思うと、何かが水面上で爆発した。正確には、そう見えた。海底に潜んでいる降魔が先の技を繰り出したに違いない。 「逃げろ!」 どちらかが叫ぶよりも早く、二機の光武は軽やかに身を翻していた。二機の間を猛烈な衝撃波が通り抜け、空の彼方で雲を切り裂く。加山は直ちに機体を安定させると、トリガーのスイッチを切り替え、引き絞った。頭部両端に装備されたレーザー砲が火を噴き、打ち出された光の槍が海面に突き刺さった瞬間に海底までを一気に切り裂いた。 「どこだ!?何処にいるっ!?」 しかし大きく波立つ海面に、降魔の骸は見当たらない。加山はガルーダのエネルギー残量を示す計器に目を走らせた。はなやしき支部から遠隔操作で飛行させた為に、燃料の消費が著しい。出力をセーブすればやや長く持つかもしれないが、降魔のあのスピード、あの腕力を制するには最大出力で挑まなくては勝ち目は無いだろう。その場合、今加山の目にしている計器から判断するに残りの活動時間は・・・・・ 「10分・・・・・だな」 加山は呟くと同時にその頭脳を回転させ、今ある状況を再確認した。 圧倒的な腕力。単独では全く太刀打ち出来ない紅蘭の機体。望めない支援。あいまいで短すぎる10分という時間。エネルギーの消費を早めるであろうレーザー兵器類。未だ理解に不十分なガルーダの内部構造。燃料が尽きる直前まで最大出力を維持できるのか否か・・・・・ しかし、加山の思考はそこで止まった。 「奴だ!」 加山は突如水面に浮かび上がった影に機首を捻った。紅蘭もミサイルランチャーのトリガーに指を掛ける。しかし、水面から顔を出したのは降魔ではなかった。おそらく海底にあったものなのであろう。光武ほどもある大岩が、海面からものすごいスピードで飛び出してきたのだ。加山はそれをヒラリとかわしたが、すぐさま二つ目が飛んできた。これもかわす。二度の行為は機体を大きく傾がせた。 三発目が来た。大岩は今までのそれよりも遥かに大きく、もし直撃を受けたらなら、致命傷とはならないまでも相当なダメージは免れないだろう。加山はその大岩に機銃の照準をあわせると、トリガーを引いた。岩は一瞬で粉塵に帰した。 その時だった。 いまだ空中に漂っている粉塵の中から、巨大な腕が伸びてきたのである。降魔だった。大岩を投げた直後に自らも飛び上がり、死角に身を潜めて接近したのである。 「こいつ!どこまで・・・・・!」 既存の知恵か、それとも、光武とガルーダに対応すべく一瞬の後の進化を遂げたのか。驚くべき降魔の知能に驚愕する加山だったが、今は組み付こうとする腕をかわすのに精一杯でそれ以上の言葉が出てこない。確かに、ガルーダはそれまでの光武シリーズをはるかに上回るパフォーマンスを誇っている。数字の上ではあのカンナ機ですら遥かに追い抜かれている。そのはずだった。しかし今敵としているこの降魔は、ガルーダと殆ど互角の腕力を振るっているのだ。むしろ仕掛けられたというシチュエーションからすると、この戦いで優位を手にしているのは明らかに降魔の方だった。 「でやぁああああ!」 ついに降魔に片腕を捕まれ、加山が叫んだ。腕に食い込む降魔の手を刹那にからめ取ると、上体を見事に捻らせて投げ飛ばした。合気道で言うところの『小手捻り』だ。 「撃て!」 加山が叫ぶより早く、紅蘭はトリガーを引いていた。ミサイルの群が唸りを上げて降魔を襲い、降魔は再び海中へと落下した。 加山はもう一度思考に専念した。降魔について。ガルーダについて。紅蘭について。そして自分について。全ての問題は確実に加山を窮地に追いやっている。闘いが始まったばかりにもかかわらず、終局だけが確実に迫りつつあった。 選択肢は少ない。加山は覚悟を決めた。 「加山はん!」再び紅蘭の声が飛び込んできた。「加山はん、燃料がヤバイんやろ!?ここでモグラたたきしててもしょーがないとちゃうんか!」 紅蘭の意見に加山は耳を貸そうとはしなかった。無視したのではない。海面下の敵に集中していたのだ。紅蘭はそれでも加山に呼びかけを続けたが、加山は依然として全神経を海面に向けていた。その目的は直に明らかにされた。ほんの一瞬、降魔が水面に顔を表したとき、加山は海面に向けて最大出力のレーザー砲を射ち下ろしたのである。凄まじい水柱が海底の岩石を巻き上げたが、降魔の残骸は確認できなかった。 加山はトリガーのスイッチを、連射の効かないレーザー砲から機銃へと切り替えた。そして未だ消えない水柱の根元辺りを、撃って撃って撃ちまくった。照準など定めていない、はた目に判る目くら撃ちである。 「なんや、どうしたんや!そんなんでかなう相手とちゃうやろ!」 加山の突然の蛮行に、紅蘭が驚きの声を上げる。ブリッジからも加山を制止するかえでの声が響いた。 「止めなさい!残弾とエネルギーを無駄にするだけよ!」 「どうせ後いくらも保たないんだろう!」 「活動停止に陥ったら、それこそ打つ手が無いのよ!」 「その前に、やる事だけはやらせてもらうさ!」 加山は乱暴に返答しながらも、荒れる波間に時折影を覗かせる降魔に向かってトリガーを絞りつづけていた。 「聞いてくれ!翔鯨丸は水に浮くか!?」 ───翔鯨丸が? しつこい銃撃をかわしながら、降魔は怒り狂っていた。 突然現れた巨大な物体は、ほとんど無機物を思わせる感覚にしか捕らえられなかったが、その物体の中に光る波動は、先程まで追いかけていたそれとは比べ物にならない程に強大なものであった。組み合った刹那に感じたその光は、降魔に強敵の予感を感じさせると同時に降魔の持つ凶暴性を存分に掻きたてた。 降魔は考えた。しかし、それに要した時間は一瞬だった。あらゆる意味で純粋、そして悪である降魔は、殺戮以外の選択肢を持たない。迷いも、自責も、後悔も無い。いかに相手が巨大であろうが、史上最強の出力を誇っていようが、降魔に思案の時間など必要無い。 そして降魔は当然の如く決定した───言い改めるならば、『降魔は自らの本能に従う事を決断した』。 殺す。殺す。必ず殺す。 |