降魔は猛り狂っていた。水中で目標を定めると、水底を蹴立てて飛び立った。降魔の戦術は単純だ。降魔は最も近くの、かつ強力な霊力に引かれて戦うのだ。それは戦術と言うよりもむしろ食欲に基づく行動であるとも言えた。 水しぶきを上げて水中から飛び出してきた降魔は、背の翼を大きく広げて攻撃姿勢を作ると、二機の光武に向かって飛び立った。光武は左右に大きく分かれると間を開けた。どちらか一機に降魔をひきつけ、その隙にはさみ打ちに仕留める作戦らしい。 「パイロット、翔鯨丸は的になる!現在位置を座標に表して何があっても動かすな!由里、モニター中央に降魔を捉えて固定し、性能の限界までカメラを追従させろ!」 翔鯨丸のコクピットにかえでの声が飛ぶ。その言葉通りにモニター中央にガルーダが映し出されると、それは丁度ガルーダと降魔が組み合った瞬間だった。降魔はガルーダの動きを追ったのだ。 右腕全体をしならせた降魔の一撃がガルーダの肩口にめり込んだ。ガルーダの上半身全体が大きく傾いだところを見逃さず、降魔の左腕が唸ったが、ガルーダの右手が素早くその先端を捉えると、油圧シリンダーを仕込んだ指先が降魔の手首を握り潰した。しかし追撃までには至らない。降魔は尻尾を大きく振るとガルーダの右手に叩きつけ、機械の束縛をむりやり引き剥がしにかかった。 「危ない!」 さらに連打を加えようとする降魔の尾を、背後に回りこんでいた紅蘭のレーザー砲が貫き、阻止した。怒り狂った降魔が上半身だけを捻って紅蘭を睨む。 その隙を見逃さず、加山が攻勢に転じた。左手を拘束したままでの一撃が降魔の腹部に深々と食い込むと、降魔は体を二つに折り曲げた。そしてそのまま振り抜いた拳を、あらわになった降魔の後頭部に打ち下ろす。一発、二発、三発、四発・・・・・猛烈な反復運動に、腕部のモーターは悲鳴を上げた。出力を指す全てのメーターはレッドゾーンをとっくに振り切っている。 加山が降魔の拘束を解いた。すかさず体勢を立て直そうとする降魔だったが、加山がレーザー砲のトリガーに指を掛ける方が早かった。解き放たれたレーザーは降魔の右肩を、まるで寒天でも貫くかのように翼ごと切り落とした。 「グゥォオオオオアアアアアア!!!!」 片方の翼を奪われてバランスを失い、悲鳴を上げながら空中でのたうつ降魔。ガルーダは降魔に正面からしがみくと、自分の両手を降魔の背面でがっちり固定し、ついに翔鯨丸めがけて突進を始めた。ガルーダ背面のエンジンが、空も裂けよとばかりに唸りを上げた。 「ガルーダの有効活動時間、残り3分!」 由里が数値を読み上げるのと同時に、かえでがエンジンの緊急停止レバーに手を掛ける。そして全フロアに開放された無線に向かって叫んだ。 「総員、その場で対ショック体制!翔鯨丸が海に落ちるぞ!」 全員がその場で身を屈め、それでも視線だけはモニターに注目した。ガルーダは猛烈に距離を詰めている。ついにカメラの追従範囲の限界を超えると、降魔とガルーダの姿はモニターから消えた。その代わり、巨大な質量を持つ物体が高速で空中を移動する時にに生み出す衝撃波が艦内を震わせ、全てのものを圧倒した。 「衝突まで200m!」 由里の最後の読み上げに、かえで以外の全員が目を閉じた。 紅蘭は信じられないものを見た。降魔がガルーダの腕の中で身もだえを見せたかと思うと、突然降魔の背中が逆向きに折れ曲がったのだ。降魔が何をしようとしているのかは彼女の目に明らかだった。 「かえではん!まだ停止させるな!ヤツは・・・・・!」 警告を発しつつ、紅蘭が翔鯨丸めがけて旋回しようとしたその時だった。ゴウッという唸りが聞こえたかと思うと、何かが彼女の光武を叩き落とした。それは降魔の繰り出した見えない弾丸だった。ガルーダの行為を理解し、紅蘭の行動を予測した降魔が、落下の刹那にあらかじめ弾丸を放っていたのだ。しかも悪い事に、弾丸は一発だけではなかった。直撃を受けてバランスを大きく崩した紅蘭を連打が襲る。装甲がたちまち弾け飛び直撃を受けたマンタレイの機能が停止すると、コントロールを失った機体は真っ直ぐに海へと落下した。 降魔は自分の頭よりも上に伸びた両足をさらに伸張させると、衝突の瞬間に足の裏で冷却タンクの表面を掴み膝を大きく屈伸させ、衝撃を完全に受け止めた。自らの加速と自重に耐え切れず、ガルーダだけが冷却タンクの脇に放りだされる。 片腕と翼を失ってもなお、降魔の降魔たる所以、その凶暴さは削がれてはいなかった。背を大きく延ばし、怒りを吠えた。強烈な泣き声と共に、切り裂かれた傷口から流れ出るゲル状の体液が滝となり、見上げるガルーダの上に降り注いだ。 高くあがった降魔の右足が、ガルーダを踏み潰した。加速を稼ぐために装甲を外されていたガルーダに、その衝撃が耐えられるはずもない。直撃部分は大きく変形した。戦法が有効である事を確信した降魔は、ガルーダの胴をまたぐと残された左腕を振りまわし、めちゃくちゃな殴打を繰り返した。ガルーダ最大の特徴である背面の翼が木っ端微塵に砕け散り、中空を漂った後海面に水没した。両腕でガードを固めつつ、降魔の足の下で体勢を整えていたガルーダが立ち上がりかけた時、腰に食らった一撃が致命的なダメージを生んだ。下半身を統率する油圧ケーブルが引きちぎられたのだ。一切の圧力を失ったガルーダの膝はがっくりと崩れ落ち、再び降魔に機体を晒した。 降魔の攻撃を受けたガルーダのダメージは外見のみにとどまらず、コクピットもまた、凄惨なものだった。過大な負荷によって暴走寸前にまで追いこまれたエンジンは全ての計器類を狂わせ、正常な認識が出来なくなっている。メインカメラからの映像は既に無く、モニター自体も火花を散らせていた。横っぱらいの一撃にコクピットが大きく揺れると、その衝撃でコクピットの装甲が破壊され、破れた隙間から恐るべき魔物の姿と、その背後にある冷却タンクがチラリと覗けた。肉眼で見る降魔の姿は、地獄の怪物そのものの邪悪さに満ちていた。 だがそれでも、加山の闘気が削がれる事は無かった。強靭な精神力が彼を恐怖心から守り、支えていた。 もはやガルーダの活動時間は乏しいだろう。しかし、彼は望みを捨てようとはしなかった。自分が闘っている限り、そのように思いつづける限り勝機は生み出されるのだいう事を、彼は知っていた。 「大神・・・・・」 加山は親友の名を呼んだ。それは祈りだったのかもしれない。 強烈な霊力が彼の背後に満ち、周囲の空気をたなびかせた。 降魔は片腕を振りまわしながら、何度も吠え声を上げた。もし降魔が人であるならば、間違い無く邪悪に満ちた笑みを洩らしていただろう。機械仕掛けの巨竜の中に存在する光の輝きだけは相変わらず眩いものだったが、それもいまや脅威ではなく、ただ降魔の食欲を掻き立てるのみだ。 降魔はガルーダに向かって存分な暴力を繰り返した後、降魔はやおらガルーダの顔面部分を鷲掴みにした。手の甲に筋が浮き立ったかと思うとそれは腕全体に広がった。指先が機体にめり込み、ついに加山の霊力を吸い取るための準備が整うと、降魔の口から凱歌の遠吠えが上がった。 それが最後の瞬間だった。ガルーダの左腕が素早く降魔にかざされると手首の装甲が跳ね上がり、バスターランスが姿を見せた。猛烈に飛びだした先端は降魔の胸に付き刺さると、勢いそのままに貫通した。 「待っていたぜ・・・・・この時をな!」加山はかすれる声で、血反吐のまじった言葉を吐いた。「最後に霊力を吸い取る気でいるのはわかってたぜ・・・・・その為に俺を生かしておいたんだろうが・・・・・仇になったな・・・・・!」 機械仕掛けのバスターランスがついに完全な形を作ると、槍身は更なる食い込みを見せ、降魔の背中から突出した先端が翔鯨丸の冷却タンクに突き刺さった。 その瞬間─── 「副指令ぇええええ!エンジンを止めろぉおおおおおおお!」 突如、バスターランスに空気をきらめかせるほどの霊力が送り込まれたかと思うと、その先端で爆発した。ほとばしる霊力の光は冷却タンクをやすやすと貫き、串刺しとなった降魔を猛烈な冷気が襲った。超低温は降魔の体をたちまち侵食し、初めに翼がもげ落ち、次に腕が、そして胴体が凍りついた。それでも冷気から逃れようと降魔が身をよじる度、その体はボロボロに崩れ落ちた。 「ギィャアアアアア・・・・・!ギィャアアア・・・・・!」 それが断末魔だった。エンジンの緊急停止を受けて水面に落下していく翔鯨丸のその上で、たった一匹で帝国華撃団を全滅寸前に追いやった降魔は着水の前に氷柱と化した。 |