日本有数の観光地である熱海は、上空から見る限りは全くの平和に見えた。
 海の白い海岸線と緑の森のコントラストが美しい。彼方に見える温泉街からは白い湯煙が何本も立ち上っている。本当に、こんな出撃でなれば数日過ごしてみたいものだと、翔鯨丸に乗っている誰もがそう思った。
 だが、着地を予告するサイレンがそれを許さない。 
 「目標の正面に入りました。映像出ます」
 椿の声と共に、今回の目標である洞窟がスクリーンに映し出される。数年前、花組が慰安旅行に出かけた時に、水狐が利用していた洞窟だ。
 荒波と潮風が創り出した自然の造形は少しも失われてはいなかった。だが、おそらく降魔襲来の噂が立った所為なのか、管理する者の無くなった海岸線は荒れ果て、そこには雄大な自然美は無い。それどころか、周囲にはただならぬ妖気が漂っていた。
 「ちっ、ヤなかんじだぜ」
 カンナの独り言が、無線を通じて艦内のスピーカーに流れた。
 「カンナ、私語を慎んで・・・・・かすみ、状況は?」
 「洞窟内の目標はここからは見えませんが、それ以外なら現時点オールクリアです。敵対する動態反応は見られません。いつでも接近出来ます」
 問いかけるかすみに、かえでは答えた。
 「いえ・・・・ちょっとまって」それまで隣に控えていた加山に向き直り、かえでは言う。「加山君、指揮は任せるわ。隊長権限で指示を出してちょうだい」
 かえではそう言って、それまで付けていたインカムを頭から外し、加山に手渡した。一瞬戸惑ったような表情を見せた加山だったが、すぐさまインカムを受け取った。
 「初仕事ね」
 「はい」
 インカムのスイッチを確認しつつ、加山が答える。かえでは加山の肩に手を置き、言った。
 「大神君はもっぱら陣頭指揮だったけど、貴方も出撃してみる?」
 「まさか」
 笑って見せた。そのつもりだった。しかし、かえでは目ざとく加山の違和感を察知していた。
 「あら、やっぱり緊張してるの?」
 「いいえ」
 「嘘ね」
 「なぜです」
 「右の小指が震えてるわ」
 かえでにそう言われて、加山は確認する事も無く、殆ど無意識に右手を握り締めた。かえではそれだけ言うと、そんな加山の様子を見ることもなく、踵を返して後ろに下がった。
 加山は──少なくとも加山自身はそう思うのだが──決して緊張しているのではなかった。だが、自分の心境について釈明するつもりも無かったし、その必要も無いと思っていた。
 来るべき時が、来た。
 遠く海を渡った男が、幾度も繰り返してきた『事実』を、今俺が受け継ぎ、果たすのだ。
 加山はかえでに悟られぬよう、注意深く深呼吸を繰り返すと、インカムを通して本作戦の指示流し始めた。
     

 程なくして三機は上空から降下した。加山が着陸の指示を与えなかったのである。それには二つの理由があった。
 一つ目の理由は、着地地点が砂浜であるという事である。ミカサほどの超弩級艦ではない翔鯨丸だったが、この熱海の砂浜には着地に適した面積が無かった。第一、砂浜というあまりにも不安定な地形では、着地は元より離陸がまま成らないのである。逆にこれがミカサならば、垂直離陸どころかロケットエンジンを利用して強引に飛び立つ事も可能であるが、翔鯨丸のエンジンではそれ程の出力を得られ無いのだ。第二に、万が一翔鯨丸の迎撃が必要となった場合、着地姿勢からでは射程が短すぎるため、どの砲座からも射出が出来ないのである。どちらかというと加山は二番目の理由を重視していた。
 着地した三機は白い砂浜に足跡を残しながら、目標の待つ洞穴へと足を踏み入れていった。三機の機内スビーカーに、加山の指示がきびきびと響いた。
 「カンナを先頭に立てて逆Vの形で進入。カンナ、メインカメラの位置を少し上げて固定させろ。そのままじゃ足元しか見えないぞ」
 「了解」カンナが直ちに先頭に立ち、モニターに映像が出される。「映りはどうだい?OKかい?」
 「第一印象はどうだ?」
 「暗くて汚くて不気味な以外は、特に異常は無いね・・・・まぁ、入り口に立ってるだけじゃ判りゃしないよ」
 加山はアイリスと紅蘭にも同じ事を聞いた。二人の答えがカンナと代わり映えしないことを確認すると、三機を潜入させた。
     

 洞窟の中は視界が悪く、まだ暗闇に慣れていない三人の肉眼では何も見ることが出来なかったが、しんがりに立った紅蘭が後ろからライトを照らすと、歩く事に不自由は無くなった。と同時に、洞窟内の映像が翔鯨丸のモニターに映し出される。加山はその映像に暫く見入っていたが、インカムのスイッチを切り替えると、待機中のマリアを呼び出した。 
 「マリア、この映像が見えるか」
 先頭を行くカンナ機に取り付けられたモニターカメラからの映像は、待機中の各光武にも送られていた。マリアは加山の意をすぐさま理解すると、即座に返答した。
 「見えます・・・・私が以前潜入した時とは、印象が違いますね」
 「どういうことだ?」
 「おおざっぱな記憶でしかありませんが、かなり広くなっています・・・・・カンナ、カンナ聞こえる?」
 マリアは現場のカンナを呼び出し、洞窟の壁面を調べさせた。案の定、モニターには壁面を何かが削り取ったような跡がくっきりと映し出された。
 『何なんだ、こりゃ。トンネル工事でもやろうってのか?』
 カンナの冗談には、誰も付き合おうとしなかった。仕方ないのでカンナは、ゆっくりと右へ、そして左へとカメラをパンさせ、気を紛らわせる事にした。
 「人工的なものでしょうか?」 
 それ以上明確になろうとしないマリアの意見に、加山は何も答えなかった。もしこれが人工的なものであるとするならば、それこそトンネル工事のような大規模な掘削機が必要になるし、そんなものが実際に使われたのなら、もう少し「自然に」彫られるはずだ。加山は青く光るモニターを眺めながら、大きく息を吸い込んだ。
 加山が目にしている映像は、明らかに不自然だった。硬い火山岩の岩盤が、まるで彫刻刀が木材を削ったかのような印象で、滑らかに削られているのである。どう考えてもドリルや掘削機を使った形跡ではない。この世の何処を探しても、掘り跡がこれほどなめらかになるような作業機械は在りはしないのだ。
 「この場の映像はもういい。そのまま奥に向かって進め。カンナを先頭に可能な限りV字隊形を維持。油断するな。」
 加山はそう言って三人を進めさせ、モニターから目を離し、今度はレーダーに見入った。洞窟を進む三期の前方に、目標を示す青白いドットがぼんやりと光っている。加山はかなり長い間、そのドットから目を離そうとしなかった。
 眉間に集まった深い皺が強い疲労と緊張感を表しているのが、誰の目からも明らかだった。
  
  
  
 翔鯨丸の光武出撃ハッチでカーゴのセッティングを行いながら、さくらは時折スピーカーから流れる無機質な声に耳を澄ませていた。
 夢組が念を込めたカーゴは、妖力を封じる力を持っている。一匹程度の降魔なら、中に入ったら最後身動き一つ出来ないはずた。さくらはその事を何度も頭の中で確認しながら、カーゴの最後のロックを確認した。
 「準備完了しました。後はいつでも動けます」
 「ごくろうさま。三人の報告があるまで待機して頂戴」 
 スピーカーを通してかえでに報告を済ませ、かえでの端的な返事があった後、スピーカーはそれきりなにも言わなくなった。だが、作業を終了しても、さくらの意識はそのままスピーカーに向けられていた。
 『目標まであと30メートル』
 『肉眼で確認できるか?』 
 『出来ない。障害物があって・・・・・』
 『洞窟が広くなってきた』
 『紅蘭、もっと奥にライトを当ててみてくれ』
 『目標まであと25メートル。警戒せよ』
 『カンナ・・・・・なんだか空気がヘンだよ』
 『あぁ、ウチもよう感じる』
 『まだ見えないのか?』
 『見えない。・・・・・紅蘭、ライト届かないのか?』
 『20メートル。警戒せよ。繰り返す、警戒せよ』
 
 スピーカーは喋り続けた。
 

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