まず、霧吹きが大神の髪の毛全体を濡らした。
 全体の長さとまとまりを確認した後、クシが入る。
 「隊長、いつもの髪型でいいの?」
 手の動きを止めずにレニが尋ねる。
 「ん?あ、あぁ・・・・って言ってわかるのかい?」
 「今までどおりでいいのなら大丈夫。見たことがある通りに切ればいいだけのこと」
 「なるほど・・・・?」
 わかったような、わからんような表情の大神をよそに、レニは黙々と大神の髪の毛を梳いている。
 そして
 ちょきん
 まず、襟足にハサミが入った。大神の肩にかけられた、バスタオルの分厚い布越しでも、ほんの微かな髪の重みが体に伝わってくる。
 ちょきんちょきん、さらさらさら。
 レニの手付きには、大神が心配していたほどの危なっかしさは無かった。むしろ床屋の理髪師と遜色の無いほどの手際のよさで、リズミカルに大神の髪にハサミを入れていく。大神の肩から、徐々に緊張がほぐれていった。
 「へえ・・・・」
 思わず、大神の口から感嘆のため息が漏れた。
 「どうしたの?」
 それに反応するようにしてレニが大神に話しかけた。
 「ずいぶん慣れてるな、と思ってね。正直驚いてるんだ」
 「自分の髪は昔から自分で切ってる。だから自然に技術が身についた」
 「それにしても、手付きが良いじゃないか。人の髪と自分の髪では勝手が違うだろう?」
 「人の靴紐を結ぶ感覚に似ている。意識さえしていれば問題無い」
 ちょきんちょきんちょきん。さらさらさら。
 その会話の途中でも、大神の髪の毛が、ハサミのリズムに合わせて落ちてゆく。
 「それに」レニが付け加えた。
 「最近はアイリスの髪も、ボクが切ってる」
 「へぇ・・・・」
 感心するより他は無い。

 「隊長、髭剃る?」
 大体のカットを終えたのか、レニは大神の首に巻いていたバスタオルを外しながら言った。大神はそれを断ると、胸のポケットからタバコを取り出して一服付け始めた。
 「隊長?まだおわってないけど?」
 「ちょっと一服だけ。頼むよ」
 のんびりとした時間の中に、タバコの煙が吸い込まれるように消えてゆく。大神が二度、三度と吹かした時、レニがハサミについていた細かい髪の毛を布でふき取りながら口を開いた。
 「でも何故今になって?」
 「?」
 「隊長は髪を切るとき、必ず休日の朝一番に出かけていくものだと思ってたから」
 「それは・・・・まぁ、そんなこともあるってことさ」
 大神は言いかけて、ちょっと目を伏せた。別段やましい気はしていないのだが、自分が気乗りしていない分、どうしても口を開く気になれないでいた。
 「じゃあ、気まぐれ?」
 「あぁ・・・・そんなところさ」
 「ふうん」
 レニが見せる今日二度目の表情。無言で語り掛けるその瞳は、何時でも、大神がどんな気分のときも、美しい。
 
 やはり言っておいた方がいいのだろうか?
 
 大神はレニから受け取った手鏡を覗き込みながら考えた。どうせ、もはや逃げることが出来ない「非常事態」なのだから。明日になってしまえばそれに直面することから逃げることなど出来ないし、明後日の朝にが訪れるころには、皆に知れ渡ってしまうことなどは容易に想像できる・・・・どうせバレてしまう事なら、こっちから口を開いた方が変に話が伝わってしまうのを防げるのでは?案外「夕食時の軽い話題」程度ですまされるかも知れない・・・・
 ・・・・・・ってのは甘いか、な。
 大神はそこまで考えて煙草をもみ消すと、面倒臭そうに首をひねった。そこにレニの言葉が滑り込んでくる。
 「見合いの待ち合わせは何時?」
 あまりのショックに、大神は一瞬気が遠くなった。まるで超至近距離からショットガンを撃ちこまれたかのようだ。
 「ボクも行ってみたいなぁ、帝国ホテル」
 「は、はは・・・」
 二度目の直撃。思わず口から漏れる苦笑いが、普段よりも半オクターブ高くなる。大神がそれを隠そうとするほど、どんどん思考がバラバラになってゆくようだ。再び肩にかけられたバスタオルが、耐えきれぬほどに重い。だからつい、言ってしまった。
 「・・・・・聞いていたのか、レニ?」
 「何を?」
 「何って・・・・・レニが今言ってたことだよっ;;;」
 「だから、何を?」
 「え・・・と、だから、俺が明日、帝国ホテルで見合いだって・・・・」
 「ふうん」
 3度目の表情。しかし今度は、その表情が一瞬の後に全く見たこともないものへと変化した。
 「非常に興味深い情報だ」
 「は?」
 「ホントに見合いするんだね」
 「はぁ?」
 あっけにとられる大神の目に、今までに見たこともないようなレニの表情が浮かんでいた。
 「隊長が何か隠してるみたいだったから、カマをかけてみた」
 「・・・・・・」
 「ひっかかったね、隊長」
 ちょきん、ちょきん。
 夕刻にしては高い位置にある太陽からの日差しを受け、レニは笑っていた。
 動かすハサミで再びリズムを刻みながら、レニは悪戯っぽく笑っていた。
 時折だが、そんな表情を見せてくれるレニ。
 少しづつ、心を開いてくれるレニ。
 「・・・・このぉ」
 大神は、そんなレニが好きだった。

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