私は、当時ロシアに駐在していた日本人外交官の父と、ロシア人の母との間に生まれました。
 その時既に革命の兆しは現れていて・・・激動の時代でしたから、異なる国を背負う二人が愛で結ばれることを異端視する人々が多かったのが事実です。それでも私達は、数少ない祝福を受けながら暮らしていました。本当に何もない生活でしたが・・・・今思えば、あの時が一番幸せだったのかもしれません。

 私の父は・・・子供の私が言うのも可笑しいんですが・・・子煩悩な人でした。日本とロシアとの間を行ったり来たり、常に仕事に追われて忙しくしている人でしたけれど、たまの休みには必ず私と遊んでくれました。それこそ日が昇ってから暮れてしまうまで、私達はずっと一緒でした。

 「とおりゃんせ とおりゃんせ
   ここは何処の ほそみちじゃ
    天神様さまの ほそみちじゃ
     この子の七つのお祝いに・・・・」

 
 私が遊び疲れると、父は私を背中に背負って、この歌をよく歌ってくれました。私も父が歌うのに合わせて、一緒になって歌っていました。広い背中に背負われて異国の歌を口ずさんでいると・・・それは普段からロシア語を話す父が日本人であることを思い出させる瞬間でもありました。
 「とーうりゃんせ、とおりゃんせ」
 「そうだマリー、上手くなったなぁ」
 「てんりん、さーまのおそみちじゃ〜♪」
 「あはは・・・」
 私が歌うと、父はとても嬉しそうでした。力強くて、真っ直ぐに澄んだ瞳が笑うと見えなくなって・・・なんだか隊長と似ていますね・・・
 「マリーの七つのお祝いには、何をあげようかなぁ?」
 「七つのお祝い?」
 「そうさ。来月誕生日だろう?」
 「・・・ん〜とね、まりいね」
 私は父に聞かれると、いつもこう答えていました。「まりい、あかいお洋服がほしいなぁ」
 それは半分当てつけだったのかもしれません。その時の私の服といったら元の布地が何色だったのか分からぬほどに当て布されたものしか着ていなかったんですから。でも、それでも父はいつも、優しく笑ってくれたんですよ。
 そして私達は母の待つ家に戻ると、3人そろっての夕食をとり、それから・・・・母はバラライカが得意な人でしたね・・・その伴奏に合わせて父が踊って、私は手拍子をして、また歌って、そしてバレエ・・・本当に・・・その時の父と母の幸せそうな表情は・・・私の将来を夢見ていたのかもしれませんね。
 
 笑わないで下さいね・・・・?
 私はバレリーナになって、両親の前で舞うのがその頃の夢だったんです。教室にも通ったんですよ。
  
 でも、その夢は叶いませんでした。いえ、この帝劇での事を言っているんじゃないんです。父は・・・
  
  
 その当時から、父はロシア帝政の不安定さに、そしてレジスタンスと帝国とのきな臭い動きが既に一触即発のところにまで及んでいて、互いを侵食しはじめている事に気が付いていました。しかし何より正義に忠実であった父は、時を移すごとにレジスタンスに荷担していったのです。
 始めは情報係でした。日本人という事と、比較的当局に近い存在であった父の身分は、たちまちレジスタンス達の格好の隠れ蓑的存在になりました。見知らぬ男達が突然私達の家に出入りするようになったので私と母は不安に思いましたが、それでも父と彼らの、自身の正義を語り合い、貫こうとする姿勢を見ていると、私は何時の間にかその力強さに安堵を覚えていました。皆、優しい人ばかりでしたから・・・

 そしてついにその日が来ました。
 私の七つの誕生日の夜。
 
 私は、母がオーブンからケーキを取りだすのが待ちきれなくて、ソファーの上を靴のままでぴょんぴょん跳ね回っていました。父が私を見て「とびウサギのようだ」と笑うと、母も私も同時に噴き出しました。そしてまた、3人で笑ったんです。
 母がようやくケーキを取りだし、父が部屋の明かりを落して蝋燭に火を付けようとしたその時、突然ドアが開き、そして屈強な男達が夜風と共に私達の家になだれ込んできたのです。私は事の様子が飲み込めずただ呆然とその様子を眺めていました。
 「あの人達はだれ?いつものおじさんたちなの?まりーのパーティーにきてくれたの?」
 私は母にそう聞こうとしました。いえ、そう言ったはずなんです。しかしそれよりも早く母の両腕が私をきつく抱きすくめ、私の言葉を否定していました。
 突然の来訪にも関わらず、男達は父に容赦がありませんでした。稲妻のような大声で父を罵倒したかと思うと、机は元よりテーブル、タンス、部屋の中全てをを引っ掻き回すようにして散策を始めたのです。その時の私には彼らの言葉は理解できませんでしたが・・・何かを奪われること、そしてそれは絶対に帰ってこない事だけがはっきりと理解出来ていました。男達がテーブルをひっくり返し、そしてその上に置いてあった赤いリボンのかかった包みに手が掛けられたときに、それが判ったんです。
 「やめて!今日は誕生日なの!あたしの誕生日なの!」
 私は叫んだはずでした。でも私の声が聞こえないかの様に、包みを持った男はそれを引き裂き、中身を取り出したんです。
 
 男の手の中には真っ白なワンピースドレスがありました。肩の大きく膨らんだ、レースの沢山ついたワンピースが・・・あんなにあかいおようふくって言ってたのに・・・男には私が叫んだのが判ったはずです。幼い私が泣いているのが見えていたはずです。でも男は何の前触れも無くドレスを引き裂いたのです。
 「嫌ぁあああ!!」
 私は母の腕を無理やり振り解くと、母の声を置き去りにして男に向かって突進していました。
 
 そこから先は・・・あまり覚えていないんです・・・
 
 何の意味も持たない、生まれて初めての怒りと絶望に任せた自分の悲鳴。
 壁にたたきつけられ、初めて知った口に広がる血の味と匂い。
 家中に響き渡る軍靴の足音。
 それさえもかき消した数発の銃声。母の絶叫。
 私の名を繰り返しながら、引きずられるように外に連れて行かれた母。
 
 そして全てが終わった時、気が付くと私は袖の千切れたドレスを着て、もはや二度と微笑むことの無い父の身体を抱いていました。私がどんなに工夫して父の体を抱えても、額を貫いた穴からの出血を止めることが出来ませんでした。 

 手が・・・・届かなかったんです・・・
  
  
 葬儀には数人のロシア人と日本人の役人が参列しただけでした。私は牧師に抱かれて父の亡骸を見送りました。でもその時になっても、私は父のドレスを脱ぎませんでした。
 
 あの夜、当局によるレジスタンス及びそのシンパ狩りが一斉に行われたことを私が知るのは、もっとずっと後のことでした。そして・・・
 
 そして母は・・・・帰って来ませんでした。


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