私は彼の傍を離れませんでした。離れたくなかったのです。銃を構えて臨戦体制に入った彼の上着を、私はぎゅっとつかみました。
 私の不意の行動に彼は少々驚いたようでしたが、次の瞬間には、彼は再び廊下に増加してきた人の気配に集中していました。
 そして、閃光。
 信じられないほどの爆音が、空気を、闇を切り裂きました。彼が引き金を引いたのです。ドアの向こうで人の命が尽きてゆく気配が、その時の私にもはっきりとわかりました。そしてそれに呼応するように、何十、何百を思わせる銃弾が、部屋の中に飛び込んできた時、彼は私を一旦引き離すと、身を屈める様にして銃を腰に構えました。
 連射、連射、連射。
 彼が後ろにつんのめりながら放った銃弾は、バリケードにした机の一部さえ空中に撒き散らし、彼の元を離れた銃弾はドアの付近に立った男達の命を一瞬にして葬り去ると、、それだけでは飽き足らず壁に滑稽な血の染みを作りました。
 「跳ぶぞ!」
 彼はそう叫ぶのと殆ど同時に私を抱きかかえ、開け放されていた出窓の外に身を躍らせました。

 「俺について来れるか?」

 落ちてゆく彼の腕の中で、私はその言葉を聞きました。


 大神は、マリアが何時の間にか胸のロケットを握り締めているのを、まるで遠くの風景を眺めるような視線で見つめていた。
 大神には、そのロケットがマリアの掌の中で光り、輝いているのがわかった。
 いとおしそうに胸に手を重ねるその光景に、嘘や偽りは無いだろう。
 既に日は落ち、それでも劇場の中には人の気配は戻らない。
 誰もいない帝劇。
 二人だけの帝劇。
 廊下の柱時計が時刻を告げる。耳をすませば、その秒針が時を刻む音さえも聞き取れる程の静寂が二人を包んだ。
 「マリア、その人は・・・・」
 先に口を開いた大神の声に、マリアはゆっくりと反応し、視線を自分の膝から大神の方へと向けた。
 「マリア、その・・・・その人っていうのは、ロケットの写真の・・・?」
 大神の質問に、マリアはただ黙って頷いた。前髪が再びマリアの顔を覆い、大神からその表情を奪ってしまう。
 そのブロンドの向こう側で、一滴の光が落ちる。
 涙だった。

  
 その後、私は正式にレジスタンスの一員として、指導者であった彼の元へ入りました。私達は打ちひしがれた民衆に打倒帝政を訴え続け、幾多の戦いを共にしてきたのです。そうして幾つかの季節が通り過ぎたとき、私の名は「クワッサリー」へと変わっていました。
 私はもはや、自分自身を止める術を失っていましたが、それについて迷いや後悔はありませんでした。しかしある時、彼と時を過ごしているときだけは、自分が驚くほど安らかな気持ちに満たされていることに気がついたのです。その気持ちはたとえ戦闘中であっても削がれることは無く、それどころか日増しに強くなる一方でした。
 やがて、私の全てに対する考え方は次第に彼を中心とするものになってゆき、私はそれでいいと思っていました。でも・・・・

 ある夜、彼は私を前線から外し、後方へ移動するように指示を下したのです。私はその突然の配置に納得がいかず、彼に詰め寄りました。しかし彼は自分を元へ戻すよう、攻撃隊へ戻すようにいきり立つ私に対して、ただ微笑んで見せるだけでした。
 「君は残るんだ」
 彼は拳銃のシリンダーに弾丸を装填しながら、目も合わせずにそう言いました。でも私はどうしても聞き入れることが出来なかったのです。
 「私を攻撃隊に配置して下さい」
 「駄目だ」
 「どうしてですか?理由を聞かせてください!」
 思わず荒いだ自分の声が、二人の間を埋め尽くし、そして居心地の悪い沈黙を作りました。私はその時、自分の感情が今までとは異なる、全く別のものに支配されていることに気がつきました。掌に汗を感じる事など、それまでに無かった事なのに。
 「君が誰よりも優れていることは知っている。だが・・・・」
 「ならばなおさらです!自分を連れていただければ必ず・・・・!」
 「マリア!」
 彼は突如私に詰め寄ると、私の肩に両手を置き、そっと自分の腕の中に抱き入れました。
 「君は生き残るんだ、マリア」
 「隊長・・・・私は・・・・!」
 「生き残って、たとえ今日、我々の命が尽きたとしても、我々の行動を後世に知らせてくれ」
 「嫌!戦わせて下さい!」
 「聞き分けるんだマリア!」
 「嫌!私も一緒にいたい!あなたと一緒にいたい!」
 「死んだら何にもならないんだぞ!」
 初めて聞く彼の怒声。彼の言葉が私の中でぐるぐると回り始めました。自分の気持ちが次第に押さえられなくなり、このまま彼の胸の中に倒れ込みたい衝動に駆られました。
 「隊長・・・・私は・・・・私はどうしたら・・・・」
 彼は私の頬に手を添えると、こう言ったのです。
 「・・・・俺の帰るのを、待っていてくれないか」
 「・・・・」
 「そしてこの戦いがどのような形で終わろうと、その後、俺と共に生きてくれないか」
 「隊長・・・・」
 「マリア、クワッサリーとして死に急ぐことはない。生き残ってくれ。俺の為に」
 その時、気がついたんです。
 私の中に生まれ始めていた、どうしても押さえきれない感情が一体何だったのか。
 それに気がついた時、私は彼の中で声を上げて泣いていました。
 「ずるい・・・私の気持ち・・・・知ってて・・・・」
 このまま何もかも終わってしまえばいい。
 そして二人だけで暮らしたい。
 私は彼の口付けを受けながら、心の中で強く願いました。
 私の最後の・・・・わがままでした・・・・


 隊長・・・時が・・・・
 時がせめて平安に包まれてさえいてくれたら・・・・
 こんな私でも、それを「初恋」と呼んだのかも知れませんね・・・・。

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