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彼と共に奇襲に参加した者は、彼を含めて十数名。私は、部隊に残されました。
部隊が拠点としている廃ビルの地下室では、私と同じ様に攻撃隊に参加しなかった者達が待機していました。
蝋燭の明かりも薄暗く、一脚の椅子もない地下室では各人が思い思いに腰を下ろしていましたが、交わす言葉を持つ者は居らず、私自身もまた、過ぎてゆく時をただ黙って耐えていました。
レジスタンスの間には、もちろん強い絆がありましたが、中には名を明かさぬ者もおりました。皆、それ以上の繋がりを持とうともせず、打倒帝政という目的の為に集まった、機械のような集団だったのかも知れません。今思えば・・・・・
「苛立ちを静めなさい」
膝を抱えていた私に、すぐ隣に座っていた女のレジスタンス兵が話しかけてきました。
「待機命令も、任務には変わりは無いのだから」
彼女は沈黙した空間の中、私にしか聞こえない声でそう言いました。
「・・・・辛い」
私は暗がりの中に彼女の瞳を探すと、その目を見つめて答えました。
「何もせず居る事がこんなにも辛いなんて、知らなかった」
「若い証拠ね」エレーナと名乗るその女兵士は、そう答えた私の髪をそっと撫で、壁に背を付けて座っていた私の肩を抱きました。「あなたが初めてここに来た時の事を思い出すわ」
エレーナは、私とは大分歳が離れていましたが、その殆どが男性で占められるレジスタンス組織の中で、私以外の数少ない女性兵士でした。情報収集と物資調達が主な任務であった所為なのか、外交的な彼女の性格はとても明るく、全てにおいて私とは正反対の人だったように思います。
「あなたが彼の腕に包まれてこの部屋に入ってきたとき、私はあなたの瞳を見る事が出来なかった。あなたの瞳は、全てを否定し、拒絶していたんですもの。今よりも幼いその横顔に・・・・ここでエレーナは、『行き遅れのあたしに比べれば今でもあなたは幼いけれど』と、付け加える事を忘れなかった・・・・私はねぇ、恐ろしいものを見ていたわ」
私は彼女の瞳を見つめ、彼女の言葉を待ちました。
「それは『絶望』だったわ。あなたの全てがその言葉によって縛られていたの。マリア、あなたはあまりに多くの物を失ってしまったからなのかも知れないけれど、言うなれば『絶望』こそが、私達から全てを奪い去ってしまうのよ」
私が彼女の声に答える事が出来ずに黙って俯いていると、彼女は、独り言のようにこう続けました。
「この闘いもいずれ終局を迎える。私達は争うために生まれてきたんじゃない。そしてそのことを証明するために私達はここに居るの」
私は彼女の言葉に、何故か現実味を見出すことが出来ませんでした。
その時、攻撃隊を追従していた斥候が、転がり込むようにして部屋の中に駆込んで来ました。
「攻撃隊が・・・・!奇襲がばれてたんだ!戦線を下げてこっちに戻ってくるぞ!」
私がライフルを掴むのと同時に、他の兵士達も同様に武器を取り、次の瞬間には、全員が外に走り出していました。
何故でしょうか・・・・・
その時、私の脳裏に、これが最後の戦いになるという、強い予感が瞬いたのを今でも覚えています。
外に出た瞬間に硝煙の匂いが鼻を突き、激しい銃声が風に運ばれて来ました。私達は身を低くして、風下からその方向へ接近し、ライフルを握り締めて機会を待ちました。
我々の置かれた状況は、既に悲惨を極めていました。後退してきたレジスタンス兵たちは、傷を負った者、弾丸を失った者から次々と倒れ、迫り来る衛兵たちに圧倒されていました。私の視界の中で、ある者ががある者の名を叫ぶのが聞こえました。しかしその声も銃弾にかき消され、そしてその声に答える者もいませんでした。私は頭に被っていた風防を投げ捨て、ライフルに弾倉を叩き込むと、迫る衛兵に身を構えました。
私がその時に確認できた衛兵は6人。全員がこちらに気づく様子も無く、後退して行くレジスタンス達に嘲笑と弾丸を浴びせていました。私は衛兵の一人に標準を定めると、そのまま一気に引き金を引き絞りました。軽い反動をこの身に残して放たれた弾丸は衛兵の喉を貫き、恐らくその衛兵に、この世の懺悔を告白する間も与えず、また痛みも苦痛も与えずに、その命を奪いました。
眼前の6人の沈黙を確認してから、私が空になった弾倉を入れ替えようと身をかがめた時です。
不意に、地下で聞いた言葉がよみがえりました。
『戦うために生まれてきたのではない』
ならば、私は・・・・?
その時間は、一瞬に満たなかったはずです。しかし、突然肩に走った鋭い痛みに、私は身を屈めました。敵の接近を許してしまったのです。
敵の衛兵は私に手傷を負わせた事を確認すると、腰の拳銃を引き抜き、ゆっくりと近づいてきました。恐らく、クワッサリーと呼ばれていた女の姿をその目で確認し、絶対的な無力感と侮辱を与え、それから私を殺そうとしていたのでしょう。動かぬ私の前に立ったその衛兵の表情から、私はその事を察しました。
銃を取れ。
引き金を引け。
技術から習慣、習性にまで引き上げてきた行為を採ることが、その時の私には出来ませんでした。私の肉体は完全に沈黙し、意識に反応を示していなかったのです。私はただ、激しく痛み始めた肩を手で押さえ、歩み寄る衛兵を見上げていました。衛兵は一歩、また一歩と私に近づき、私に銃口を突きつけると、親指で撃鉄を引き起こしました。
「殺し屋でも死ぬのは怖いか?」
吐き捨てた衛兵の言葉を聞いた瞬間、私の中の「何か」が、音を立てて崩れ落ちるのを、私は感じていました。
父を殺され、母を奪われ、あの日、私は全てを失った。
そして私はレジスタンスに身をゆだね、居場所を取り戻し、戦い、クワッサリーとなった。
それが私の存在理由と価値なのか?
私はその為に戦い、その為に生まれてきたのか?
私がレジスタンスに身をゆだねたのも、目的に理由を繋げる為だけの物だったというのか?
ならば、この戦いが終わった後、私は如何にして生きていけばいいというのだ・・・・・!
「ちがう・・・・・」
私が漏らした言葉に反応するように、衛兵はトリガーに指をかけ、銃身の先で私の顎を持ち上げ、そのまま私を立たせました。男の年齢は・・・今の私くらいだったのでしょうか。
「何言ってんだ?貴様は殺し屋だ!俺の仲間もみんな貴様に殺られたんだ!!全員殺しやがった!」
興奮の極限に達したような衛兵の声が私の体に浴びせられ、そしてその表情にも、私に対する憎しみだけが浮かんでいました。
「ちがう!私は殺し屋なんかじゃない!」
「黙れ!今度は俺が殺してやる!お前はここで死ぬんだ!クワッサリーはここで死ぬんだ!」
ついに衛兵の指が動き、撃鉄を支えるレリーズの外れる、実際ならば聞こえるはずの無い音が、私の耳にハッキリと聞こえてきました。
「私はクワッサリーなんかじゃなぁあああいぃぃいいい!!!!!」
感情に支配された私の叫びが、私の体を突き動かしました。二度目の経験でした。
目の前で炸裂した閃光を掻い潜り、衛兵の体を組み伏せ、その刹那にレンガの破片を手にした私は、満身の力で男の顔面にそれを叩きつけました。グゴっと鼻骨の潰れる音がして、真赤な鮮血が私の目に入り、目に見える全てが真紅に染まりました。嫌な音は私の体に共鳴し、男の叫んだ悲鳴よりも、ずっと大きく聞こえました。目から、耳から、男の流す血が止まるまで、私は拳を打ち下ろしました。
打ち下ろすたびに響いたその音が、今でも私の耳から離れません・・・・・
突然腕を引っ張られて、私は我に帰りました。声のする方にゆっくりと振り向くと、そこには彼の姿がありました。戦場に呆然と佇んでいた私を見つけ、駆けつけたのでしょうか。抱き寄せられた彼の体から、熱い汗の雫を感じました。
「マリア!大丈夫か!」
「・・違う・・・・違う・・・・。クワッサリー・・・じゃない・・・・・私は・・・・・」
彼の腕の中に引きこまれても、私はまだ、破れた喉でその言葉を繰り返していました。
「どうした、怪我は無いのか?・・・・・落ち着くんだマリア。奴ならもう死んでる」
彼の言葉に気が付き、私は自分の足元に視線を落としました。私の体の下には、眼球を失った眼窩にレンガを埋められ、頭蓋をズタズタに叩き割られて絶命した、衛兵の姿がありました。同時に視界に入った私の手には、明らかに私のものではない血と、毛髪を残した肉片がこびりついていました。
私が殺したんだ。
そう気が付くと、突如、身悶えするほどの恐怖感が私を襲いました。それまで何人の命を殺めようと、たじろぐ事の無かった私の精神が、初めて恐怖の洗礼にさらされたのです。急激に体温が下がったような気がしたかと思うと、視界がぐにゃりと捻じ曲がり、私はその勢いのまま彼の胸に倒れこんだのです。
「・・・・違う」
「え?」
「違う!わたしじゃない!私は殺し屋なんかじゃないもの!!」
私は再び、彼の胸の中で、喉が裂けるばかりに絶叫していました。叫び、泣き、しきりに暴れる私を、彼はしっかりと抱き、強引に私の顔と視線を向けさせると、こう叫んだのです。
「何を言ってる!?落ち着け!奴は死んでる!終わってる!だがこれ以上ここにいたら俺もお前も死ぬんだぞ!」
「嫌!もう嫌!・・・・・私はどうすればいいの?もう、私・・・・何も解らない・・・・!」
事実、彼が私に叱咤を繰り返す最中も、数発の弾丸が私達の影を捕らえていました。我々の軍は徐々にその数を減らしており、陥落は時間の問題となっていました。
「もう嫌よ!私の戦いは終わらないの!?戦いが終わったら、私の居場所は何処にあるの!?殺してよ!もう殺してよ!」
「マリア・・・・ッ!」
「殺してよ!さっきの男みたいに・・・・私が殺した男みたいに!頭を叩き割って殺してよ!!」
迫る銃弾さえ顧みず、私は彼の腕の中で絶望を叫んでいました。
ふっと、私を抱く彼の腕に込められた力が、軽くなるのを感じ取り、私は彼の顔を見つめました。彼は返り血に汚れた私の頬をそっと撫でると、彼は私に口付けたのです。
「生きるんだ」
彼は私の耳元で、はっきりとそう囁きました。
「隊長、私は・・・・・・」
「マリア。君は強い娘だ。生きるんだ。大丈夫、もう大丈夫・・・・・大丈夫だよ・・・・・・」
優しく囁く彼の背中に、そっと廻した私の手が、彼の背中を掴みました。その時、指先が何かに触れました。
血でした。
暖かい、彼の血でした。
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