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「隊長っ!」
言葉を終えた彼はがっくりと膝を付き、まるで糸の切れた操り人形の様に、私に覆い被さるようにしてその場に崩れ落ちたのです。私は彼の名を叫びながら背中の傷の状態を見ようとして、彼の防寒具に手をかけました。しかし、彼は私の手を振り解いたのです。
「構うなっ!」
そう言って、苦しげに息をつく彼。彼の言うほどに傷が浅くない事は、その時の私以外の、誰の目から見ても明らかだった事でしょう。気づけば、彼の流した鮮血が足もとの雪を真紅に染めていました。彼は私の元に来る以前に、既に銃弾を受けていたのです。
「隊長!傷が深すぎます!これ以上の戦闘は・・・・!」
「聞け!」
彼は私の声を制止すると、私の背後、戦場と化した一本の路地を指差してこう言ったのです。
「いいか・・・・よく聞くんだ。後にを2ブロック下がった所に前線にいた連中を待機させている・・・・・そいつ等と合流して、俺を引き上げに来い。それまでは俺が奴等を迎撃する」
「何を・・・何をバカな!あなたを置いて行くなんて!」
「いいから行け!時間が無い!」
私は何度も食い下がりましたが、彼は動こうとしませんでした・・・・・実際、彼の傷は動かす事がためらわれるほど、重傷だったのです。私に選択の余地はありませんでした。
でも・・・・しかしどうしても・・・・私は動く事が出来なかったのです。
彼の手を握ったまま唇を噛む私を、更に彼は叱咤したのです。
「しっかりするんだ!希望なんだよお前は!」
希望。
私は彼の、この突然の言葉に息を飲みました。彼は防寒具の胸のボタンを開き、懐から切り詰められた散弾銃を取り出すと、弾丸を装填しながら言葉を続けました。初めて出会った、あの夜と同じ光景でした。
「君はクワッサリーなんかじゃない。俺は知っているよ・・・・君が誰もいなくなった部屋の中で、舞踏曲のフレーズを口ずさみながらターンを決める姿をね・・・・君のお父さんが俺に話してくれたことがある・・・君はバレリーナになるのが夢だったって・・・・夢をかなえるんだ、マリア。踊る君の姿は美しかった・・・歌う君の姿は・・・・とても美しかった・・・・」
弾倉に装填し終えると、薬室にさらに一発を送りこみながら、彼は続けました。
「俺は何度も思い描いたよ、真っ白なドレスに身を包み、歌い、舞い、喝采を浴びる君の姿を・・・・・君にはそれが出来るんだ、マリア。そしてその姿を・・・・・俺にも見せてくれ・・・・」
押し黙ったままの私に彼はそこまで言うと、座ったままの姿勢で銃を構え、体勢を整え始めました。
迷う私に追い討ちをかけるように、数発の弾丸が私達の空気を切り裂き、闇に消えました。
私がここに残り、彼を援護すれば敵を征圧出来るかもしれない。
しかし、それまでの間、彼の体がもつだろうか。
2ブロック先を往復するのに、慎重に歩を進めても3分とかからない。
それまでの間、彼が食い止めてくれていれば・・・・仲間を連れて、戻ってくれば・・・・・・
夢を叶えられるかも知れない・・・・・愛する人と・・・・・
その為には・・・・・
私は決断しました。
「必ず戻ってきます」
私は持っていたライフルを構えて、迫り来る衛兵達に出来る限るのけん制を加えてから、彼の指差した方向へと走り出しました。そのときです。
「待て・・・・走るときはこっちの方が役に立つ」
彼が差し出した物。
それは常に彼が愛用していた、六連発のリボルバーでした。私はそれを受け取ると、彼に敬礼し、身を千切る程の吹雪と化した風の中を、彼の指差した方向へと走り出しました。次第に激しさを増す銃声を背中で聞いて、私は路地を急いだのです。
その時手渡された拳銃こそ、エンフィールドだったのです。
私のエンフィールドは、彼のものだったのです・・・・
彼が指示した場所まで残り半分に迫ったとき、前方に一人の人影が見えました。
(仲間だ・・・!来てくれたんだ・・・・!)
私は大きく手を振って増援の合図を送り、更に前進しようとした、そのときです。
吹雪を切り裂く程の衝撃が、私の脇をすり抜けていきました。仲間であるはずのその人影が、私に向かって弾丸を放ったのです。私は何がなんだかわからずに、銃を構えるのも忘れて歩をとめた時、その人影の発した言葉に、私は愕然としました。
「貴様、最後の一人か!」
最後の一人。
仲間が待つはずの場所から発せられる、明らかに仲間の物ではない言葉。その意味を知った瞬間、私は引き金を引いていました。
「なによ・・・・何よバカ!嘘吐き!」
私は、その声に向かって全弾を打ちこむと、その死体から武器を奪い取り、再び彼の場所へと来た道を走りました。悔し涙が私の頬を濡らし、風に千切れて氷となりました。
お分かりですよね・・・・?
・・・・・・彼の言葉は偽りだった・・・・・・
私は彼の待つ場所へ戻りました。
倒れたその場所、崩れた塀を砦とした彼は、動けぬまま、猛然と迫り来る敵に一人戦っていました。遠目にさえ明らかに彼の傷は深くなっており、一刻も早い援護と脱出を要している事が判りました。
「隊長!」
涙声で叫ぶ声が、聞こえるはずはありません。しかし、私は叫びました。彼の名を叫んで、駆け出そうとしました。
・・・・・その時、思い出したんです。司令室で彼から受けた、あの言葉。
『生き残ってくれ、俺の為に』
その言葉が、ほんの一瞬、私を踏みとどまらせました。
その場で命を落とす覚悟を据えて、銃弾の礫に身を投じようとしていた私を、その言葉が引きとめたのです。
それが彼の目的だったのかもしれません。事実、その一瞬が全てだったのです。
動かぬ足のままに立ちすくむ私の目の前で、彼の体が崩れ落ちました。
「隊長!」
もう一度叫んだ私に、彼が振り向いてくれたような気がしたことを、今でも覚えています。
銃弾を胸に受け、血煙の中、仰け反るように崩れた彼の声は、私に向かってこう囁きました。
「夢を叶えるんだ・・・・マリア。君の夢を・・・・・僕等の夢を・・・・・・」
でも・・・・・
私は・・・・彼の望むように生きることが出来なかった・・・・・
身の硬直の溶けた私は、次の瞬間、自らの姿をクワッサリーとして・・・・最後のクワッサリーとして・・・・・彼が散った夜空を駆けたのです。
この夜の戦いは、後に衛兵達の間で「死の舞踏の夜」と呼ばれ、クワッサリーの恐怖、その凄まじさを語り継いだと言います・・・・
そして夜が白む頃、主を無くしたエンフィールドを握り締めたまま、枯れた涙と生暖かい返り血に汚れた私は、この戦いに終わりを告げました。
夥しいほどの死体の山の、その頂きで。
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